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謝罪.jpg2013年/東宝/監督:水田伸生/脚本:宮藤官九郎/出演:阿部サダヲ、井上真央、竹野内豊、岡田将生、尾野真千子、高橋克実、松雪泰子

謝罪の王様

後半失速。リアリティ欠如で笑えない

 最近は、名門ホテルのレストラン部門での食材偽装で、連日、関係者が報道陣を前に謝っている。ここ数年でも、船場吉兆が謝り、酒井法子、JR北海道、みのもんた、阪急阪神ホテルズ、高島屋、近鉄旅館システムズなどなど、枚挙にいとまがない。
 そんな日本的風景が繰り広げられる中で上映された「謝罪の王様」。脚本は、いまをときめく宮藤官九郎。さすがにグッド・タイミングで謝罪に着想を得た映画を仕上げたわけだ。これは楽しみ、というわけで、ミント神戸のOSシネマへ。

 主演は、クドカンのパートナー、阿部サダヲが謝罪師の黒島譲を演じている。「東京謝罪センター」の所長である。実在していそうなネーミングである。ちなみにネットで「謝罪」で検索してみると、「謝罪.com」なる頁があった。何でもあるもんだ。
 さて、映画の内容である。謝罪下手な人間にかわって、効果的な謝罪を伝授、時には自ら矢面になって謝罪するという所長。最初の客は、アメリカからの帰国子女(井上真央)。やくざの車を傷つけても、アメリカでは、謝罪をすれば非を認めた事になると、決して謝らない。彼女に代わって謝罪をする。
 次は、有名男優と女優の間にできた息子の暴力沙汰。役者だから記者会見も過剰演技となり、芝居と同じ顔で謝るところなど、思わず笑える。
 この当たりまでは実に快調。次にセクハラ男、国際弁護士あたりで、アレレの状態。最後にブータンをモデルにした架空の王国の皇太子が映画に映って国際問題に発展するとあって、完全にリアリティ欠如のドタバタ映画になってしまった。
 さらに、「土下座を超えた究極の謝罪の方法」があるというので期待するが、映画が進むにつれて、期待は失望に変わった。「脇毛ぼうぼう、自由の女神」とジェスチャー付きで叫ぶのが究極の解決方法とは。あまりにもくだらなさ過ぎて、笑うに笑えない。もっとしっかり頼むぜ、クドカン!


愛の新世界・画像.jpg1994年/監督:高橋伴明/出演:鈴木砂羽、片岡礼子、杉本彩、萩原流行、松尾貴史、田口トモロウ、松尾スズキ、武田真治、愛川翔、荒木経惟、宮藤官九郎

愛の新世界

風俗を扱いながら突き抜けた開放感が漂う。
鈴木砂羽の存在感は見事!

 どうも最近、日本映画に面白い作品がないなと、ため息をついた私がふと思い出したのが、「愛の新世界」。実は風俗を扱った作品だ、ぐらいしか知ならないが、主役の鈴木砂羽の存在が気になって、見る気になった。でもこの作品も、1994年だから、もう20年近くも昔の作品だ。

 簡単に概要だけ紹介しておこう。
 風俗ギャルの生の声を綴った島本慶のエッセイと荒木経惟の写真を融合させた同名写真集を基に、高橋伴明監督が映画化。SMクラブの女王様として働きながら、女優への道を進む若い女性と、ホテトルで働きながら、いつか玉の輿に乗ろうと考えている女性がいた。日本映画初のヘア・ヌードが話題にもなった。

 前半は、SMクラブとホテトルでの風俗を描いていて退屈だったが、中断くらいからテンポアップし、女性2人の無軌道ぶりが見ていて痛快になる。昔の日活ロマンポルノなら、必ず陰惨な結末になるから、そうならないでほしい。この作品はあくまでフルスロットルで世間のモラルなどけとばして、風俗の世界も逞しく駆け抜けてこそ、輝くのだからと思って見ていた。結果は、どうやら私の想いが通じたようだ。陰惨さも悲壮感もなく、突き抜けた開放感がある。

 昔の遊郭や赤線地帯とは時代が違う、背景が違う。借金で風俗にはまる女もちろんいるが、遊ぶ金ほしさや、自らの性的欲求を満たすために風俗の世界に入っている女も多いのが今の時代である。嫌ならすぐにやめる自由もある。

 島本慶が20数名の風俗嬢を取り上げたエッセイを元にしているらしいが、調べれば、このおっさんは、いや失礼、島本氏は「ダルマ親父」じゃないの。昔、夕刊紙で彼の記事を何度か読んだことがある。それどころか、彼は「ペーソス」なるユニットで、前立腺肥大で悩む中年男の哀愁を歌っていたりする。そして不覚にも、私はCDを買ってしまったのだ。

 話がそれた。愛の新世界は、風俗を扱いながらも、明るさとユーモアがあり、何よりも女優・鈴木砂羽の存在感が光る作品であった。

赤線地帯.jpg1956年3月/監督:溝口健二/出演:若尾文子、三益愛子、町田博子、京マチ子、小暮実千代、進藤英太郎、沢村貞子、菅原謙二

赤線地帯

★★★★

溝口健二が赤線地帯で働く女たちの生態を描いた群像劇

 国会に売春禁止法案が上程されていた頃、赤線地帯と呼ばれる区域にあった特殊飲食店「夢の里」の主人は、法案が通過すれば売春婦は投獄されると言って女たちを驚かせる。一人息子のために働く女、入獄中の父の保釈金のために働く女、夫が失業しているので通い娼婦をする女、元黒人兵オンリーだった女たち。それぞれささやかな夢にすがりながら働いているが、多くの夢が消えてしまう。
 そんな吹きだまりの「夢の里」にある日、下働きの少女がやってくる。時が経ち法案が4度目の却下となった頃、少女はおそるおそる道往く客に声をかけるのだった。

 溝口健二が、赤線地帯で働く女たちの生態を正面から見据えて描いた群像劇である。若尾文子、三益愛子、京マチ子、小暮実千代などそうそうたる女優のそろい踏みである。さすが溝口というところか。「祇園の女」でも感じたことだが、溝口は女の生き様に強い興味をもつ監督であり、その関心の強さが、この作品でも存分に生かされ、一人ひとりを丹念に描いている。
 「夢の里」の主人・進藤英太郎が自分の商売を自己正当化しながら女たちを相手にぶちまける台詞が面白い。
 「いいかい、お前たち。もし法案が成立してここがなくなったら、お前たちはいったい明日からどうしておまんまを食べていくのかい? 本当に親身にお前たちのことを考えているのは、俺たちなんだ。そのことを忘れないように」。

 この作品の封切りは1956年(昭和31年)3月だが、売春防止法案が可決したのは同年5月。その3カ月後に溝口は骨髄白血症のため58歳の生涯を閉じる。この作品は溝口の遺作となった。そして1958年に赤線は廃止された。

 一度観たら忘れられない作品だが、黛敏郎の音楽だけは違和感が残った。女たちの救いようのない絶望的な気分を代弁しているのかも知れないが、まるで幽霊がでてきそうな気味の悪い音楽はいかがなものか。

新しき土.jpg1937年/日本・ドイツ合作/監督:アーノルド・ファンク、伊丹万作/音楽:山田耕筰/出演:原節子、小杉勇、早川雪舟、ルート・エヴェラー

新しき土地

★★★★

トンデモ映画だが、戦前の時代状況を知る格好の教材

 原節子が16歳で主演した日本初の日独合作映画「新しき土」(1937年上映。つまり戦前の作品)を観た。ストーリーは以下の感じだ。

 ドイツに留学していたエリート青年輝雄(小杉勇)は、恋人ゲルダ(ルート・エヴェラー)を引きつれ帰国する。しかし、輝雄には許婚の光子(原節子)がいた。光子や父・巌(早川雪舟)は彼を暖かく迎えるが、西洋文明に浸った輝雄は光子に愛情を向けるどころか、許婚を古い慣習として婚約を解消しようとする。そうした輝雄の姿勢をドイツ人のゲルダも非難する。絶望した光子は、火山に身を投げようとする。

 元町映画館のスタッフが指摘する通り、これはトンデモ映画であった。何がとんでもないと言えば、富士山の見えるお屋敷で遊ぶ原節子が、裏庭に出ると、厳島神社があったり、東京の市街地に阪神電車が走るなど、常識では考えられないシーンの連続。呆れるばかりである。
 また、光子が自殺するために噴火する火山に登り、それを助けるために輝雄が追いかけるシーンの長いこと、長いこと。もう、ええかげんにせんかい! と怒鳴りたくなるほど長いのだ。30分近くあったかもしれない。

 だが、この映画が作られた目的や背景が分かれば、何もかも納得できる。ヨーロッパ映画の輸入配給で成功した東和商事(現東宝東和)の川喜田長政の夢は日本映画の輸出であった。彼が眼をつけたのは、日本と友好関係にあったドイツの監督に日本で作品を作ってもらい、世界で上映しようということだった。
 監督は山岳映画の巨匠、アーノルド・ファンク。監督は日本各地を回り、名所旧跡の美しい風景を撮って回り、ふんだんに作品に盛り込んだ。つまり、「ドイツ人から観た日本」がテーマの一つである。だからハリウッド製の日本人と同じように誤解だらけの作品になってしまう。また山岳映画の巨匠故、噴火する山で光子を追いかけるシーンが長いのもうなづける。彼は山の峻厳さ、崇高さをこれでもかというくらいに示したかったのだ。

 また、ドイツから帰国する船に掲げられている日章旗とナチスドイツのカギ十字の旗にもこの作品の特徴が現れている。撮影された1936年当時、ドイツはヒットラー率いるナチスが支配し、8月にベルリンオリンピックが開催され、11月に対ソ連に向けての日独防共協定が成立。ドイツにとっても日本との連携を密にしたい時期でもあった。この作品は日本とドイツ双方の思惑もあり成立した作品でもある。

 もう一点、触れねばならならないことがある。タイトル「新しき土」とは、満州の土のことをさしている。ドイツかぶれから日本回帰し、農業に打ち込み始めた輝雄。そこにナレーションがかぶる。「けれど日本の土地は狭い。そして人口は多過ぎる」。そして場面は一転して広大な満州でトラクターを使って畑を耕す輝雄と、子供を抱いて微笑む光子の姿。その背後には、銃剣を持つ日本兵の姿。1931年の満州事変以後、満蒙移民が進んでいたが、1936年頃からいよいよ本格化しだした。ちなみに海外で上映された時のタイトルは「サムライの娘」である。

 このようにトンデモ映画でありながらも、戦前の日本のありようを語る上に格好の材料がふんだんに盛り込まれており、歴史に興味ある人には観る価値十分である。


醜聞.jpg1950年/松竹/監督:黒澤明/出演:三船敏郎、山口淑子、志村喬、小沢栄太郎、桂木洋子

醜聞(スキャンダル)

★★★★

酒とギャンブルにのめり込む弱い弁護士が、実質的主人公であり見所!

 バイクがトレードマークの画家、青江一郎(三船敏郎)は、絵を描きに行った山で知り合った有名な声楽家、西條美也子(山口淑子)と一緒にいるところを雑誌社「アムール」のカメラマンに撮られ、嘘の熱愛記事を書かれる。これに憤慨した青江がアムール社へ乗り込んで編集長・堀(小沢栄太郎)を殴り倒したことで、さらに騒ぎが大きくなってしまう。そんな折、青江のもとに蛭田(志村喬)と名乗る弁護士が現れた。「無報酬でも良いから、ぜひ」という蛭田を青江は信用し、弁護を依頼するが……。

 その後、裁判の場面へと移るわけだけが、普通の証言や証拠の有効性を争う推理的展開よりも、弁護士の蛭田の人間性を問う点に重点がおかれているところが、いかにも黒沢っぽい。蛭田は、弁護士でありなが、酒とギャンブルにのめり込み、そのために金の誘惑にも揺れる弱い存在として描かれている。
 青江と西條は正義派の役、編集長の堀は悪役、病床に伏している蛭田の娘・正子(桂木洋子)は天使の役という典型を演じる中で、弁護士の蛭田は、正義と悪、天使と悪魔の間を揺れ動く、実に厄介で危うい人間的な存在である。そして裁判を通じて、蛭田の人間性がどう変わっていくか。そこに見所がある。その意味で、この映画の実質的主人公は、蛭田を演じる志村喬である。数多くの作品に出演した志村自身、この蛭田の役が一番好きだったと述懐しているそうだ。


冷たい熱帯魚.jpg2011年/日活/監督:園子温/出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、渡辺哲

冷たい熱帯魚

★★★

でんでんの怪演ぶりには感心したが、残忍なシーンを執拗に描く必要があったのか疑問!

1993年に起こった埼玉愛犬家殺人事件をベースとした作品で、園子音監督と高橋キヨシが脚本にあたっている。ストーリーは、おおよそ以下のような感じだ。

 小さな熱帯魚屋を経営する社本信行(吹越満)は、ある夜、娘の美津子がスーパーで万引きをしたため、妻の妙子(神楽坂恵)とともに店に呼び出された。その場を救ってくれたのは、スーパーの店長と知り合いの村田幸雄(でんでん)。村田は巨大な熱帯魚店、アマゾンゴールドのオーナーだった。帰り道、村田に誘われ店に寄る事に。そこで美津子を住み込みの従業員として預かる事を提案され、無力にも了承する社本。さらに数日後、村田から“儲け話”をもちかけられる。やがて村田は残忍な正体を現わし、社本は殺人事件の共犯に巻き込まれ、後戻りのできなに深い闇の世界に落ちていく。

 実際の事件を小説や映画の題材にすることは多いが、要はそれをどう料理して描くかだろう。ベースとなった埼玉愛犬家殺人事件は、新聞で読んではいたものの詳細を知らなかったので、今回少し調べてみた。事件の犯人が行った殺人事件はおぞましいほどに猟奇的であり、性格もこの映画に登場する人物に近いようだ。

 作品を見終わって感心したのは、まず村田役を演じたでんでんの怪演ぶりが一際光っていたこと。いや他の役者の熱演ぶりにも感心した。だが後味はすこぶる悪い。それはネタバレになるから具体的には書かないが、顔を背けたくなるほど陰惨な場面が執拗に出てくるからだ。R18指定にされたのもうなずける。
 最近の韓国映画の残酷シーンの影響なのか分からないが、グロテスクなシーンがこれほど必要なのか。リアリティを出すためなのか、あるいは人間の本質を見せるためか。これをリアリズムと呼ぶならば、糞リアリズムでしかない。もとより人間にはいろんな種類がいるし、普段、普通のいい人でも状況次第で悪魔にもなれば、どんな残酷なことでもしでかす存在である。そんなことは過去の歴史をひもとけば、いくらでも出てくるではないか。
 役者のがんばりには賞賛をおくるが、作品を好きにはなれない。グロテスク趣味の人は別だと思うが。



八日目の蝉.jpg2011年/原作:角田光代/監督:成島出/出演:井上真央、永作博美、小池栄子、風吹ジュン、劇団ひとり

八日目の蝉

★★★★

母性について考えてしまう誘拐犯役の永作博美の演技が素晴らしい! 

 実在の事件を題材にした角田光代の小説を映画化した作品。角田は同じ手法で短編集「三面記事」を出している。主人公はいずれも犯罪を犯した女性であり、女性心理に肉薄して見事だった。今回の「八日目の蝉」は、原作を読まずにいきなり映画を見た。ストーリーは以下のような感じだ。

 妻子ある男と愛し合い、その子を身ごもりながら、あきらめざるをえなかった希和子(永作博美)。彼女は同時に、男の妻が子供を産んだことを知る。その赤ん坊を見に行った女は、突発的にその子を連れ去り、逃避行を続けた挙句、小豆島に落ち着き、母と娘として暮らしはじめる。
 数年後、本当の両親にわだかまりを感じながら成長した娘の恵理菜(井上真央)は大学生になり、家庭を持つ男の子どもを妊娠してしまう。そして自身の呪われた半生に決着をつけるように小豆島へ行く。
 この2つの話がパラレルに語られていく。つまりは浮気相手の子供を誘拐して自分の子供として育てる女性と、その女性によって育てられた娘との話だ。

 どんなに理由をつけて許されるはずのない犯罪であり、誘拐された夫婦の絶望もある。それでも観ているうちに、この誘拐犯の女を許してもいいじゃないかと思ってしまうから不思議である。永作博美を観るのは多分初めてだ。美人というわけでもなく、どこにでもいる平凡な女性にしか見えないが、だんだん美しく輝いていく。女性がもつ母性の神々しさまで感じてしまう。それほどに彼女の演技は素晴らしい。最終的に話がどう決着するかは、観てのお楽しみにしておこう。











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