HOME > 映画に溺れる > アジア映画1

彼女が消えた浜辺・ポスター.jpg2009年/イラン/監督:アスガー・ファルハディ/出演:ゴルシフテェ・ファラハニー、タラネ・アリシュスティ

彼女が消えた浜辺

★★★★

イラン映画初体験。優れた群像心理サスペンスといえようか

 初のイラン映画体験である。第84回米アカデミー賞外国語映画賞、ベルリン国際映画祭で金熊賞などを受賞した「別離」のアスガー・ファルハディ監督の前作。これもベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)等を受賞している。話はこうだ。

 ささやかな週末旅行を楽しもうとカスピ海沿岸のリゾート地を訪れた大学時代の友人たち。その参加者の中に、セピデーが誘ったエリもいた。初日は楽しく過ぎるが、2日目に事件が起こる。海で幼い子どもがおぼれ、何とか助かったものの、エリが忽然と姿を消してしまったのだ。パニックに陥った一行は懸命に捜索を続けるが、エリの姿はどこにもなかった……。

 果たしてエリは、本当に波にさらわれて死んだのか、あるいは誰にも告げずに帰ってしまったのか。疑心暗疑の人々の気持ちを一層深刻にしたのが、誘ったセピデー以外、エリのことの何一つ知らなかったこと。さらにエリは婚約していたことが分かったことだ。婚約者が現場に来るということで、皆は婚約の事実を知らなかったことにしよう、いや正直に話すべきだと意見が割れるなど、実に虚々実々。各自の心理状況が克明に描かれる。いわば群像心理サスペンスなのだ。舞台劇としても十分通用する内容だと思う。

 イランにおいて、婚約した女性は他の男性と遊ぶことは、非難されるべき不名誉なことだということがこの映画を観て分かった。映画は、知らない国の人々の価値観や人間心理を、リアルに知ることができる優れた手段でもあるということを、この作品を通じて改めて実感した。


ブエノスアイレス.gif1997年/香港/監督:ウォン・カーウァイ/出演:レスリー・チャン、トニー・レオン、チャン・チェン

ブエノスアイレス

★★★★

男同士の刹那的な愛を、タンゴの調べと耽美的な映像で綴る傑作

 ウォン・カーウァイ監督の主要作品はほとんど観ているが、唯一避けていたのが、この作品である。人間はもともと多形倒錯の存在であり、ゲイに対する偏見も持っていないが、だからといって、とくにゲイの世界を観たいという気にもならなかった。
 ところが元町映画館の女性スタッフのブログを読んで、俄然、観たいと思った。国内でのフィルム上映は最後ということであり、やはりこれは見逃せないだろう。そして元町映画館へ足を運んだ。

 南米アルゼンチンへとやってきた、ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)。幾度となく別れを繰り返してきた2人は、ここでも些細な諍いを繰り返し別れてしまう。そして、ファイが働くタンゴ・バーで再会を果たすが…。惹かれ合いながらも、傷つけることしかできない男と男の刹那的な愛を綴ってゆく。

 耽美的映像で知られるカーウァイ監督だが、中でもこれは秀逸だろう。全編にアストラ・ピアソラによる哀愁と官能をたたえたアルゼンチン・タンゴの調べが流れ、ブエノスアイレスのタンゴ酒場や街の映像が流れる。台所で2人がもつれ合いながらタンゴを踊るシーンと、スローモーションで映し出されるイグアスの滝の美しさは絶品だ。この作品をすすめてくれた元町映画館のスタッフさんに感謝するばかりである。

ふんくいの少年.jpg1983年(日本公開1990年)/台湾/監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)/出演:ニョウ・チェンツ、チャン・シィ、リン・ショウリン

風櫃の少年

澎湖島と高雄の風景の中で、
行き場のない不良少年たちの焦燥を描く


 澎湖島の風櫃(フンクイ)に住むアチン(阿清)と友達の3人の青年は、はいつも古びたビリヤード場に入り浸り、対立する不良グループと悶着を起こすなど、ただダラダラと時を送っていた。アチンの父は、彼がまだ幼い頃、野球で死球を頭に受け脳に障害がある。ある日、喧嘩が警察沙汰となり、彼ら3人は高雄に旅立つ。アーロンの姉の紹介で職を得たものの単調な工場仕事で、彼らはここでも生き甲斐を見出せぬままに、同じアパートに住む学生アーホと恋人シャオシンの生活を羨みながら、共に遊びふざける日々を過ごす……。

 侯孝賢の監督の初期の作品である。行き場のない不良少年たちの苦悩、恋愛を描いた青春映画ということになるが、それ以上に、澎湖島と高雄の風景が印象に残る。それはロングショットで、人物たちも風景の一部として扱っている撮影スタイルからくるものなのだろう。

 青い空と海に照らされた澎湖島は、風の強い島でも知られている。そのなかでも主人公たちの舞台となる風櫃は、小さな村である。定職にも就かず、遊びや喧嘩で憂さを晴らすが、周りの風景は、あくまでも青くギラギラと明るく輝いている。

 一方の高雄は、台北に次いで、第二の人口を誇る工業都市である。街を歩く少年たちのシーンで、ビルや交通量の多さの他に、車の排気ガスや工場の煤煙で、空が灰色にくすんでいることに気づく。実は、当時、台湾で平均寿命が一番短かい都市が高雄だった。空気の悪さ故だ。
 高雄でのシーンで好きなのが、彼らが住むアパートである。四号院のように中庭を囲むように2階建の家が建ち並ぶ。庭側に広いテラスがあり、そこに藤の椅子をおいてくつろぐ様子が、南国風で気分が良さそうであった。

 澎湖島から高雄へ。田舎から都会へ。青い空から灰色の空へ。自由はあるが、職のないところから、職はあるが自由がないところへ。どちらにも共通するのは、自分たちの出口が見えない焦燥感だ。

 「風櫃の少年」は、極めて優れた青春映画であり、また、ロングショット、自由な演技、エビソードの積み重ねなど、後の侯孝賢のスタイルを確立させた記念碑的な作品でもある。


別離.jpg2011年/イラン/監督:アスガー・ファルファディ/出演:レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト/受賞:第84回アカデミー賞外国語映画賞

別離

★★★★

イラン社会の問題を背景に、2つの家族の想いが複雑に交錯する心理劇

 ナデル(ペイマン・モアディ)とシミン(レイラ・ハタミ)とはテヘランに住む夫婦。娘のテルメーとナデルの父と4人で暮らしている。シミンは娘の将来を考え、家族揃っての国外移住を考えていたが、夫ナデルの父がアルツハイマーに罹ってしまい、夫は介護の必要な父を残しては行けないと主張してきかない。娘のためには離婚も辞さないと言うシミンは、娘を連れて実家に戻ってしまう。ナデルは家の掃除と父の介護のために、敬虔なイスラム教信者のラジエー(サレー・バヤト)という女性を雇う。

 前作「彼女が消えた浜辺」に続いて観た作品だが、前作以上に濃密で息詰まるほどの緊張感を保ち、それぞれの想いを胸に秘めながら互いの人間心理が複雑に交錯していく。
 登場人物たちは、短気で粗暴なラジエーの夫が少し厄介な人物である以外は、悪人も出てこない。だが話はどうしようなく悪い方向へ進んでいく。
 個人的には最初から、離婚を強引に進めようとするシミンが、最初の種をまいており、状況を悪化させたのも彼女だと考えているのだが。

 この作品からみてとれるイラン社会とは何か。まずイランも介護が大きな問題になっているらしいこと。アルツハイマーの父親の面倒をみることから、離婚問題が発生し、さらに家政婦の負担が大き過ぎて事故と事件にもつながっていく。
 それと、イスラム社会における信仰の篤さを改めて知ることに。和解金を提示されたラジエーは、「コーランに誓って嘘はついない」とナデルからいわれたとき、「嘘をつけば、娘に祟りがくるから」と恐れて泣き叫ぶ。映画は、未知の世界を知るための格好の窓口でもある。












banner.jpgbanner.jpg