HOME > 映画に溺れる > 外国映画1

インサイド・ジョブ 画像.jpg2010年10月(日本は翌年5月公開)/米国/監督:チャールズ・ファーガソン/ナレーション:マット・デイモン/第80回アカデミー賞長編ドキュメタリー映画賞受賞

インサイド・ジョブ
〜世界不況の知られざる真実〜


★★★★

「正義」と「公平」の概念を失ったアメリカの実態を描くドキュメタリー映画

 アメリカの金融業界の禿鷹ぶり、強欲ぶり、そしてリーマン・ブラーズの破綻に至った経緯などは、これまでもマイケル・ムーア監督の「キャピタリズム」(2009年)やNHKスペシャル等で何度も見ていたので知っているつもりだったが、世界金融危機の実態を専門家や政治家へのインタビューをまじえたこのドキュメタリー作品でその実態をさらに詳しく知ることになる。

 ほとんど詐欺同然のプライムローンで、全国で3000万人以上の人々の貯蓄、仕事、住宅を奪いながら、誰も逮捕されることなく、オバマ政権になってからも、当時の政権金融担当者が再び起用されているなんて呆れた口が塞がらない。
何十億もの年収を得ているCEOの連中の強欲ぶりについても言及されていて興味深かった。「彼らは、例えば豪邸を3件もっていたとしても満足しない。さらに4件も5件も持ちたい、と思う連中なんだ」
それと、経済を論じる学者連中と金融業界の癒着ぶりにも驚かされる。ハーバード大学やコロンビア大学の教授連中の多くが金融会社の顧問になっているのだ。そんな連中が、国民全体の幸せのための公平な経済金融提言などできるはずもない。規制撤廃など金融業界に有利な提言しかしないのは当たり前だろう。
他にも、金融業界は3000人のロビイストを抱え、議員一人に5人のロビイストが工作活動を行っている。政治家が丸め込まれるのも無理はない。

 自分の失敗で熱いコーヒーをこぼして軽度の火傷をした主婦が、弁護士の言われるままに何億の訴訟を起こす。そんな呆れたたこともアメリカでは日常茶飯事だ。ハワイで暮らしている同級生が言っていた。「訴訟と起こした女も弁護士も、要は恥知らずな連中なのよ」。たしかに「恥」の文化を一部の強欲なアメリカ人は持ち合わせていないようだ。では、「正義」や「公平」の文化や概念まで放棄してしまったのだろうか。このままでは、アメリカは没落する。確実に没落する。そう考えて間違いない。

泳ぐひと.jpg1969年/米国/監督:フランク・ペリー/原作:ジョン・チーバー/出演:バート・ランカスター、マージー・チャンピオン、キム・ハンター、ジェネット・ランガード

泳ぐひと

アメリカ中産階級の虚妄を暴く寓話的世界

 日曜日の午後、高級住宅地に水泳パンツひとつの姿で現れた会社重役ネッド(バート・ランカスター)。彼は近隣のプールを順々に泳ぎながら我が家へ帰りつこうとする。だが、彼が出会う人々の態度は次第に奇異なものとなり、ネッド自身も人生への疑問を抱くようになる……。

 見逃していた名作の一つ「泳ぐひと」をやっと観た。一度観たら忘れられない作品である。原作を読まずに映画を見た。単純だが意表をつく奇妙なストーリーと、寓話的な話は、短編小説の味わいだと直感した。しかし、主人公が最初から最後まで海パン一つで通す作品はかなり珍しい。時には海パンをとって素っ裸になるシーンもあったが。

 さて本論に入ろう。郊外にある豪華な住居とプールとは、アメリカのビジネスで成功した者が手に入れる富の象徴である。友達のプールを泳いで、自分の家に帰るという設定。家には、ボランティア活動に励む奥さんと、テニスに興じる明るい娘たちが待っている。そして年齢とは不相応なくらい若々しい肉体を持ち、多くの友人たちと如才なく会話を楽しむ。これもアメリカの成功者のイメージだ。
 友人たちは、濾過装置を購入し、プールの水をきれいに維持することに腐心している話しやパーティの話などをする。が、その空虚な内容ゆえ、アメリカの中産階級の虚妄を描いた作品だと途中の段階まではそう思っていた。
 ところが、主人公のネッドに対する周囲の反応がだんだん冷たくなってくる。それ以上におかしいのが、ネッドの会話と噛み合ないのだ。周囲の人々が怪訝な表情や、同情的な表情を浮かべたりする。この段階で、この作品は奇妙さを増してくる。つまり、主人公のネッド自身がおかしいのではないか。彼自身が中産階級の虚妄性を具現化しているのではないかと。
 繰り返しになるが、ネッドはビジネスで成功し、家庭にあっては良き夫、良き親であり、模範的な家庭生活をおくっている。しかも若々しい肉体と精神の持ち主であり、多くの友人たちを持っている、典型的なアメリカン・ドリームの具現者なのである。
 だが、実は彼は浮気もしており、妻も周囲から嫌がられ、娘たちはネッドを避け、不良行為を行っていた。さらに、ネッドのビジネスはすでに破綻していたのだ。過去の栄光のイメージにすがるネッドの姿こそ、アメリカ中産階級が抱える虚妄そのものなのだ。とても印象的な映画で、アメリカン・ニューシネマの代表作の一つに数えられている。
 郊外のプールがアメリカの成功者の象徴として使われているが、日本の場合なら、箱根の別荘あたりになるだろうか。

 ちなみに映画を見終わった後で、原作のジョン・チーバーの短編小説を読んだ。映画にはかなりの脚色を施していたことがわかる。そうでなければ短編で1時間半も話を持たせることはできないだろう。
 巡るプールの順番を変えたり、かつて家で子供の世話をしていた女の子が登場したり、不倫相手の女性とのやり取りを膨らませていた。きっと作品全体に女性の彩りを添えたかったのだろう。

 ここから役者の肉体の話にがらりと変わる。何しろ最初から最後までバート・ランカスターの裸ばかり見させられていたので、ハリウッドにおける他の肉体派俳優とどう違うのか、なんてことまで思わず考えてしまった。
 肉体派俳優で思い出すのは、「ベンハー」「猿の惑星」のチャールトン・ヘストンと、「スパルタカス」のカーク・ダグラスだ。彼らをハリウッド往年の肉体派3男優とすれば、シュワルツェネッガー、シルベスタ・スタローンをハリウッド新肉体派2男優になる。
 往年派と新肉体派との違いは一目瞭然である。新肉体派は、ボディビルとプロティン等のサプリメントを駆使して肉体を人工的にビルドアップさせている。あまりに過剰な肉体は、バロック的というかグロテスクでさえもある。
 それに比べれば往年の肉体派はナチュラルだ。それぞれ俳優になる前、バート・ランカスターは、アクロバットチームを組みサーカスに入団し、空中アクロバットの花形として活躍していたり、消防士をやっていたことがある。チャールトン・ヘストンは、爆撃機の搭乗員として参戦。役者になったとき、肉体はミケランジェロの彫刻のように美しいと評された。そしてカーク・ダグラスは、大学資金の返済のためにボクシングの試合に臨み、ファイトマネーを稼いでいた。いわば生活の中で身につけた自然な肉体美なのだ。
 往年派の3人はいずれも多くの作品に主演をし、ハリウッド黄金時代を築いた偉大なスターである。中でもバート・ランカスターは、晩年、ヨーロッパの監督に招かれ、ルキノ・ヴィスコンティの「山猫」「家族の肖像」、ベルナルド・ベルトルッチの「1900年」に出演している。3人の中ではヨーロッパの監督を惹き付ける知性の香りが漂っていたのだろう。

ゴーストライター.jpg2011年8月/フランス・ドイツ・イギリス合作/監督:ロマン・ポランスキー/出演:ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル

ゴーストライター

★★★★

ポランスキーが淡々としたタッチで描くサスペンス

 出版社から元英国首相アダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自伝執筆を依頼されたゴーストライター(ユアン・マクレガー)が、ラングの滞在するアメリカにある孤島を訪問。取材をしながら原稿を書き進めていくが、次第にラングの過去に違和感を抱き始める。さらには前任者の不可解な死のナゾに行き当たり、独自に調査を進めていくが、やがて国家を揺るがす恐ろしい秘密に触れてしまう。
 ラングがアメリカCIAのスパイではないか、という疑いが持たれるが、話はさらに逆転する。それは観てのお楽しみに。

 監督は、「水の中のナイフ」で衝撃的デビューを果たし、自らの経歴の方がよほど映画になるロマン・ポランスキーである。2時間以上の映画だが、さすがにポランスキーである、静かな展開ながら飽きさせることなく観る者を惹き付ける。とくに滞在する孤島の風景とモダン建物がなんとも美しい。
 一つ気になったのが、前任者が会いにいった大学教授について調べようとしたゴーストライターは、Googleの検索情報から秘密らしきものを掴み彼を追いかけることになるのだが、そんな安易な方法で見つかる秘密なんてありかい? これは脚本の問題だが。

 この作品の底流には、イラク戦争であれ、アフガン戦争であれ、何でもアメリカに同調・追随するイギリス政府への批判が込められているように思う。だから首相スパイ説が飛び出すのだろう。韓国のノ・ムヒョンは、北朝鮮のスパイではないかと疑われたし、日本の某首相もアメリカのスパイではなかったのか。そんな気がしてならない。

紳士協定.jpg1947年/米国/監督:エリア・カザン/出演:グレゴリー・ペック、ドロシー・マクガイア、セレステ・ホルム/第20回アカデミー作品・監督・助演女優賞

紳士協定

アメリカ社会に潜む反ユダヤ主義を真正面から捉えた傑作

 知人のMさんから教えてもらう前まで、「紳士協定」なるタイトルをつけた映画が、ユダヤ人問題を扱った映画だとは知らなかった。監督は名匠、エリア・カザンである。ストーリーは、次のようなものだ。

 カリフォルニアの人気ライター、フィル(グレゴリー・ペック)は妻に先立たれ、幼い息子と老いた母との3人で暮らしていた。そんなある日、彼は週刊誌の編集長に招かれニューヨークへ渡ることに。そこで彼に依頼された仕事は、反ユダヤ主義についての記事だった。この企画を発案したのは編集長の娘キャシー(ドロシー・マクガイア)。フィルは彼女に惹かれていく一方、自らユダヤ人と偽って取材を始める。そしてある時、社内でユダヤ人だと名乗るフィル。その噂はすぐに広まり、周囲はにわかによそよそしくなっていく…。

 この手法は、いわゆる「潜入ルポ」の一つだ。日本でも、某新聞記者が、精神病患者に成りすまして入院し、精神病院の暗部を暴き出したことがある。ユダヤ人になりすますのは、目立つ身体的特徴があるわけでもないため、意外と簡単だ。「自分はユダヤ人である」と名乗ればいいのだ。さらに説得力を増すために、「フィル・グリーン」を、「フィル・グリーンバーグ」と姓(ファミリーネーム)を変えていた。
 実は、ユダヤ人問題に関する本を最近、読んでいたため、ある程度、ユダヤ人排斥の歴史的背景などは理解できるつもりでいた。アメリカの場合、もちろんユダヤ人に対する偏見や差別もあったが、ヨーロッパに比べると格段に緩やかであり、早くから社会的出世を遂げていたユダヤ人も多数いた。そして第2次大戦で、ナチスによるホロコーストの存在が知れてからは、大ぴらにユダヤ人に対する差別的発言は控えられるようになった。だが心情部分では差別的感情が残ったままの人々も多かったのだろう。この時点で、タイトルの「紳士協定」の意味が理解できた。紳士協定とは、暗黙のルールであり、ユダヤ人に対して公では差別しないというルールなのだ。
 だが、実際にフィルは、ユダヤ人と名乗ってから、心ない少数の人々から様々な差別や偏見に遭遇する。だが、一般の人々はそれに対して非難や告発の声を上げない。それがフィルには腹立たしく、恋人とも離別の危機に陥る。「行動しないのは、差別側に荷担していることと同じだ」とフィルは言う。
 これは全学連運動のときのノンポリ学生を非難する論法と同じ。「体制に抗議をしない者は、体制に荷担していると同じだ」と。結局、恋人は、フィルの闘いと心情を理解し、2人は愛でたく結ばれた。

 先ほども言ったように、アメリカではユダヤ人差別は比較的緩やかだった。しかもアメリカの映画産業自体、ユダヤ人がつくったようなものであり、業界にはユダヤ人が多数いる。にもかかわらず、ユダヤ人問題を正面から取り上げたのは、本作が初めてだ。それほどに偏見は強く、正面切って反対できなかったともいえる。速球ストレート勝負の痛快感があり、ユダヤ人問題を考える上で興味深い作品だった。


マネーボール.jpg2011年/米国/監督:ベネット・ミラー/出演:ブラッド・ピット、フィリップ・シーモア

マネーボール

★★★★

大リーグに浸透しているマネーボール理論を知るには、絶好の映画

 メジャーリーガーからオークランド・アスレチックスのGM(球団経営者)に転職した実在の人物、ビリー・ビーン(ブラッド・ビット)は、強豪球団の三分の一しか年棒が払えないという球団の弱点をカバーするため、2002年にセイバーメトリックスと呼ばれる独自の手法を用いた「マネーボール理論」を導入。これまでのやり方にしがみつこうとするスカウトやアート・ハウ監督(フィリップ・シーモア・ホフマン)などの抵抗勢力に迎合することなくチームの変革を成し遂げ、公式戦20連勝という記録を打ち立てた。

 大リーグで実際にあった話だけに興味津々。ビーンが採用したマネーボール理論のユニークさとは、野球とは点取りゲームであることに着目している点だ。点を取るためには、塁に出て、出た走者を帰さないといけない。だから打率よりも出塁率と長打率を重視する。
 塁に出るのは、ヒットでも四球でも同じである。選球眼がよく四球を選ぶ選手がよいとされる。それに四球を選ぶということは、投手に沢山球を投げさせて疲れさせるという意味でも大切だ。短打は重視しない。それは飛ぶコースの運によるからという考えだ。とろこは長打は力がないと打てない。そして長打が出ると、点に繋がりやすい。一方、犠打や盗塁はアウト数を増やすだけだからやらない。
 一方、投手は、四球と長打を打たれる確率の低い選手が望まれる。

 マネーボール理論を知るについて、納得する部分が多かったが、盗塁を無駄というのは少し変だ。例えば盗塁成功率が70%の選手だったら、次の打率3割の打者がヒットを打つ確率より、次の塁への進出率は断然高いはずだ。他の資料を読むと、ビリー・ビーンも犠打と盗塁については考えを改めたようだ。
 結局、ビーンが打ち出したマネーボール理論は、その後、大リーグの多くの球団に採用されたために、安い給料でよく働く選手を獲得しにくくなったそうだ。企業秘密として隠し続けることはできなかったのだろうか?

 最後に映画に話を戻せば、大リーグ業界での不敵な改革者ビリー・ビーンを演じたブラッド・ビットがなかなかいい味を出している。無神経さ、ふてぶてしさを感じさせるブラビにはちょうどフィットした役柄だ。これが神経過敏さを感じさせるデカプリオならこうはいかない。どこかで破綻しそうな予感がするだろう。いずれにしても、野球好き、ダーリーグ好きには、マネーボール理論を理解するための絶好の作品であると思う。

盗まれた飛行船・パンフ.jpg1967年/チェコスロバキア/原作:ジュール・ヴェルヌ/監督:カレル・ゼマン/出演:ミハル・ポスピシル、ハヌジュ・ボール、他

盗まれた飛行船

実写と切り紙アニメを合成した、ゼマンの不可思議ワールドを堪能!

カレル・ゼマンチラシ.jpeg 元町映画館2周年記念に上映された、「幻想の魔術師 カレル・ゼマン特集」。これまで見たことはないが、興味津々。だが、作品が多すぎて、どれを見てよいのか検討がつかない。そこで元町映画館のスタッフ・林未来さんにおすすめを聞いて見た3本のうちの1本が、「盗まれた飛行船」だった。

 映画が始まったとたん、わが心は打ち震え、驚嘆しながら、ゼマン・ワールドに釘付けになった。こんな興奮は、少年漫画をむさぼり読んだり、南洋を舞台に活躍するテレビ映画「怪傑ハリマオ」に夢中になっていた頃以来だ。この作品は、少年時代の感覚を呼び覚まし、全開させてくれた。

 内容は、19世紀末期のベル・エポックの都会を舞台に飛行船で大空に出た5人の少年たちの奇想天外な冒険である。ジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」をベースに、「海底二万海里」のネモ船長が出てきたりする。少年の冒険心をくすぐるストーリー展開もさることながら、私が感嘆してやまなかったのが、実写と紙をつかったアニメーションを組み合わせであり、それが実に摩訶不思議な世界を現出させている。現実と夢が混然一体となり、まるで白日夢を見ているような気分とでもいったらいいだろうか。

 飛行船、無人島、潜水艦などが次々に登場するが、その合成アニメのレベルの高さ、作品のもつレトロでユーモア溢れる雰囲気、意表をつく表現にただただ感心するばかりであり、もし私が小学生の頃にこの作品をみていたら、一生の宝物にするに違いない。

 カレル・ゼマン。何ともすごい監督に出会ったものだ。そしてアニメ大国のチェコの底力を思い知ることもできた。この作品を推薦してくれた林未来さんに感謝するばかりである。











banner.jpgbanner.jpg