森隆男さん of 大阪達徳会



京阪神で頑張っている豊岡高校卒業生たちの集い

プロフィール

関西大学 文学部教授
森 隆男さん(高22期)

但東町の旧高橋中学出身。関西大学大学院文学研究科修士課程修了。財団法人日本民家集落博物館学芸員、尼崎市教育委員会学芸員を経て、現在に至る。博士(文学)
著書『住居空間の祭祀と儀礼』(岩田書院)、『民俗儀礼の世界』(清文堂)、『日本の民俗宗教』(八千代出版)、『食と環境』(晃洋書房)他多数

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身近な文化財を、保存するだけでなく、
活用方法を考えることが大切。

━━━大学で教えておられますが、研究分野は?

  • 歴史学と民俗学と建築学という学際的な視点で住まいの研究をしています。建築物であるハードとしての住まいだけでなく、住まいを構成する空間、例えば寝る場所、家族団らんの場、食事の場、客間、神仏を祀る場所、さらに台所やトイレ、風呂などの配置を決めている基本的な考え方、いわゆる住まいに関わるソフトについて研究しています。それが地域によって異なる点に関心を持っていまして、今、日本列島と南西諸島などの周縁地域を比較をしているところです。

━━━近く本を出される予定だとか

  • 半年ほど先に、ぼくが編者をつとめる『住まいの民俗事典』が東京の柊風舎から出る予定です。100人ほどの執筆者に住まいに関するいろんなことを書いてもらっています。自然とうまく折り合いながら暮らしていた住まいの知恵が、消えつつあります。今が貴重な情報が集められる最後のチャンスと考えていますので、執筆者たちには、年配の人に聞いて、きっちりと文章にして残してくれと言っています。それを集大成した本にしたく思っています。ちょっと高価な本になりそうですが、関心のある方はどうぞ手に取ってくださいますように。
  • それから、ぼくがこの10年ほどの間に、住まいに関して書いてきた論文をまとめて、出版する話を進めています。

━━━大学で教えている講座は?

  • ぼくがいま担当している講座は「文化遺産学」です。世界遺産に登録された法隆寺とかではなくて、もっと身近な有形・無形の文化財を、単に保存するだけではなくて、今の社会の中でどんなふうに活用できるかという視点で研究する講座です。

━━━学生の反応は?

  • 新しい学問なので、みんなおもしろがって、ゼミの学生なんか、けっこう多いですね。

━━━具体的な研究方法は?

  • フィールドワークという手法を採用しています。これは本やインターネットで調べるのではなく、現場に出かけて、自分の目、耳、鼻、口など五感で感じ取りながら調査します。
  • 一見古くなくても、実は古い文化だってことがあります。古いものが残っているということは、価値があるからなのですね。それを自分の五感ですくい取って来て、どうしてそれが残ってきたのかについて、自分で考え分析していきます。残っている理由が分かれば、その部分をさらに発展させることができるじゃないですか。

━━━食文化の危機と言われていますが。

  • 奈良で有名な柿の葉寿司がありますが、もともとは、馴れ寿司なんですよ。琵琶湖のフナ寿司と一緒です。ところが現在、販売されているのは、誰もが食べられるように調整した、馴れていない、柿の葉っぱの臭いがしただけの柿の寿司です。ぼくたちはそれだけでも大切な味覚を失ってしまっている。
  • ぼくたちの味覚はもっと豊かであったのに、アメリカからどんどんファストフードが入ってくる。伝統的な地域に残っていた味覚が失われている。自分たちが、何をどんな風に料理して食べるかという、民族の個性というか、それを失いつつあるのではないか。

━━━伝統的な食文化といえば、鯨の問題もある。

  • 日本で本格的に鯨を捕りだしたのは、江戸時代に和歌山県の太地の人たちが網を被せて入江に押し込むという方法をとってからからです。鯨組というすごい人数の人がいて、鯨を捕るための組織と技術を確立させる。それからですよ、みんなの口に入るようになったのは。
  • ぼくたちは鯨の肉を食べるだけでなく、骨を含めていろいろな形で利用してきた。鯨は資源そのものなんです。

━━━いま日本がバッシングを受けている。

  • 資源として鯨が減っているのであれば、守らなければならない。でもすべての種類が減っているわけではない。増えている鯨もある。科学的にそれを把握して、増えている鯨に関しては食べてもいいはずですね。それを、「知的な動物である鯨を食べるとは」という非難をする欧米諸国の主張は納得できません。

━━━欧米の価値観が、経済だけでなく、食文化にも及んでいる?

  • 日本人の中にも、中国とか韓国の食材に犬やヘビがあるのを知って、野蛮な文化として見る人があるのではないでしょうか。僕は台湾にいってヘビも食べてきましたし、この前、学生たちと犬料理も食べてみました。どちらもおいしく、何を食べるのかは、地域の人たちが、伝統的に長い時間をかけて選択し、いろんな工夫をしてきた結果であることを痛感しました。それを否定する権限は誰にもありません。あるとしたら前に言ったとおり資源保護の観点から、種としての動物を絶滅から避けるためです。野蛮であるとか、知的な動物だからとか、きれいな目をしているからとか、そんな理由は、いかに非科学的かということです。

━━━他にも危機を感じているとか?。

  • 食文化と同時にもう一つ。気になっているのが、ものをつくる文化なんです。身近な食べものをつくる技術ですよ。たとえばぼくの義母や妻がすいかを作っているのですが、どの時期に、どのぐらい追肥をしたら甘くなるなどの知識を経験で学んでいくわけですね。ところが、一般的には、こうした経験で学んだ知識が次の世代に伝承されていないのではないでしょうか。自分が食べるものについて自分でつくり出すという最も基本的な技術を失いつつあると思うのです。

━━━都市化が影響しているのでは?

  • それもあるかもしれません。でも今は市民農園もあるでしょ。少しでも自分で食べるものを作ってみると、喜びがあるし、食の安全にもすぐに気づくはずです。目の前にあるものは、途中のプロセスを全部省略してしまって、結果として、きれいに仕上がってしまった食材だけなんですよ。実際に何かをつくりだす技術という文化がなくなっているのは、大変なことだと思います。

━━━その背景には、何があるのか?

  • ものをつくり出すということに対して、価値を認めていない。今まで職人や百姓さん対して、正当な評価をしてこなかった。自分は「できたらしたくない」ということでどんどんものづくりから離れていく。「お金が入りさえすれば、買えばいいじゃないか」という論理にすり替えられていく。でも誰かが作らなければならない。そういうものに価値を認めない社会というのは、先は非常に暗い。ものをつくるという技術も文化遺産だと思っているんですよ。
  • ぼくの文化遺産学というのは、身近なものの中に価値を認める。価値があれば、多少コストがかかっても復活すべきだと思う。そんな仕事をしたいと思っています。

━━━ところで、高校時代はどんな学生でしたか?

  • クラブ活動では歴史研究部に所属していて、いつも歴史だけを夢見て、将来は、歴史でご飯を食べることを考えていました。部室に毎日行き、夏休みはアルバイトで発掘にも行きました。文教府の横の土地を発掘していたら、古墳時代のものがいっぱい出てきた。あるとき白いモノが出てきた。「これは何やろ?」「それは人間の脚の骨や」と言われてビックリしたことがあった。そここで考古学の面白さを教え込まれました。

━━━民俗学の研究を始めたきっかけは?

  • 大学2年の終わりに、非常勤講師で来ていた先生が、民俗学の勉強会をしてくれた。民俗学の世界に引き込まれて、あまり人がやらない民俗学に切り替えた。その先生が、関大の教授にこられて、それ以後、ずっと師事をしています。

━━━故郷の但東町には、日本・モンゴル博物館がありますね

  • 開館当初は、なぜ但東町にモンゴルの博物館なのか?と言われたこともあったが、いま考えたら、先見の明があったのではないですか。あの頃できた博物館は、みんな金太郎飴で、同じようなものばかりでした。モンゴル博物館だからこそ、いまも多くの人たちに見に来てもらえるのですから。

━━━但馬の魅力、豊岡の魅力は?

  • 色紙に何か書けと言われたときに、「コッテイ牛のように」と書くんですよ。但馬の人って、派手さはない。でも、後ろに下がらない。着実に前に向かって動こうとしている力をもっていると思いますよ。

━━━どうも長時間、貴重なお話、ありがとうございました。
              <インタビューアー/ホームページ制作担当・竹内