今週のコトバ集1 of ダラーガ通信

野球カステラ(12/27)

 日本全国、商店街の活気がない。シャッター通りと化している商店街を見るほど悲しいことはない。そんな中、下町遠足ツアーに出かけた。遠足先は、湊川にある神戸新鮮市場だ。神戸新鮮市場とは、3つの市場と2つ商店街をあわせた連合体の名称である。
 初めて訪れた私は、その商店の数と活気ぶりに驚いた。関西一の規模を誇り、神戸の台所と呼ばれているそうな。商店主と客との生き生きとした触れ合いをみると、日本はまだ見捨てたものじゃないと妙な自信がわいてくる。
 商店街の中でひと際目をひいたお店が「楠堂本家」で、「野球カステラ」を店頭で実演販売している。バットやボールやグローブなどの形をしていて、子供のお菓子のようだが、食べてみるとこれがなかなか濃厚で美味。何でも楠堂本家は創業明治40年というから100年以上の歴史を誇る老舗。最初は和菓子屋だったが、40年ほど前から野球カステラを扱いだした。
 3代目の店主が7kg以上の重い鉄板を巧みに使って次々に焼いていく。見ていて飽きることがない。子供たちの熱いまなざしを浴びながら、毎日焼いているのだろう。お店と客との幸福な関係がここにある。いいなあ。暖かい気持ちになってまた一つ、野球カステラを口に放り込んだ。





楠堂 野球カステラ.JPG

廃校の再利用(12/19)

 大阪・難波にあった精華小学校の再利用がいま問題になっているらしいが、精華小学校に限らず、廃校の再利用は、人口減少が進んでいる日本ではどこでも起こりうる問題である。そんな中、偶然、土日続けて小学校が再利用されている施設を訪れた。

 土曜日は、「京都国際マンガミュージアム」(旧龍池小学校)。場所は烏丸御池からすぐの好立地。以前から訪れたかった施設であるが、中に入ってみて予想以上の充実ぶりに感心した。膨大なマンガの数はもちろんだが、「赤塚不二夫マンガ大学展」「少女マンガの世界‘(ダッシュ)10年の奇跡」」「えむえむ紙芝居」「マンガ工房」「似顔絵コーナー」など企画の充実ぶりに舌をまく。これらの企画は優れた人材ソフトがないと続けることは不可能だ。我が国初のマンガ学部を設置した京都精華大学との提携もいいアイデアだと思う。
 翌日曜日に訪れた、神戸市長田区にある「神戸市立地域人材支援センター」(旧二葉小学校)は、教室を会議室に、調理室を料理教室に、体育館をイベント会場や講演、演奏会などに利用するなど、学校の特性を無理なく生かした運営をしているように思えた。

 自治体が再利用を阻む理由としてあげられるのは、建物の耐震性の問題、建物自体の存続価値のなさ、自治体の予算不足などがあげられるが、本音の部分は、耐震補強までして予算を使い、さらに運営に頭を悩ますよりも、てっとり早く売却した方が楽でいいや、といったところだろう。壊すのは簡単だが、一度壊すと、地域の記憶までなくすことの損失を計算したことはあるのだろか。





マンガミュージアム.JPG京都国際マンガミュージアム地域人材支援センター.JPG神戸市立地域人材支援センター

神戸海員教会(12/15)

 Bar Heavenのマスターに訊いたときから興味を抱いていた神戸海員教会(コウベ・マリナーズ・センター)。なぜなら、ここは外国の船員たちが集まる唯一の場所だからだ。かつては神戸の裏通りに怪しげな外人バーが林立していたが、いまは絶滅した。その外国人船員が、昔も今も頼りにしているのがこの教会である。ここでは長期間、家族や母国を離れて働く人たちに対して、航海中や寄港の間に怪我をしたり病気をしたときや、何か問題があったときの支援、医療施設の紹介はもちろん、精神面のケアなど、様々なサポートをしている。他にも外国の船員たちのためにボランティアの人たちが各国の新聞や雑誌、衣服などを集めたりしている。
 その神戸海員教会のクリスマスパーティに、Bar Heavenのマスターに誘われて参加した。賛美歌から始まったパーティは、仮装大会、ブルース・リー風の演技などが続き大いに盛り上がる。フード関係も充実している。Barカウンターでギネスを飲む。カウンター内の中央上部には、世界中のお札が貼られている。このカウンターで多くの外国船員たちが、故郷に残した恋人や家族を想い浮かべながらジョッキやグラスを傾けたに違いない。偶然隣り合った2m近くもある大男は、イギリスのニューカッスル出身だという。場所がよくわかないというと、指で地図を書きながら懸命に説明をしてくれた。会場を見渡すと、外国人ではフィリピンの人たちが多いように思われた。港神戸ならではの空間に身を置きながら、しばしコンテナ船に乗り、寂しさに耐えながら狭い船室に身を横たえる自分を空想していた。





クリスマス.JPG神戸海員教会.JPG

ポスターの誘惑(12/06)

 前回、「海外移住と文化の交流センター」に展示していた「勝ち組」と「負け組」の資料から情報封鎖の危険性について書いたが、今回もここで興味を抱いたポスターについて書く。そのポスター2点を紹介しよう。
 左の一枚は、山川惣治の挿絵のようなイラストに、キャッチコピー「さあ行かう 一家をあげて南米へ」の文字が躍っている。もう一枚は、ブラジルの地図の上に、「南米 南米‥ 宝庫は招く」のコピーが載っている。これらのポスターは、くだくだしい説明パンフなどを読まなくても、ブラジル移住の魅力を雄弁に物語っている。とく前者のポスターの上半身裸の若者のイラストが、暖かい国での仕事であることや、海外雄飛への夢をストレートに表現している。
 南米移住者の多くは、日本での生活の将来に悲観した人たちが多いと言われるが、中にはこうしたポスターに惹かれて、「狭い日本には住み飽きた。よし、南米で一旗揚げてやるか」と勇んで移住船に乗り込んだ家族もいたに違いない。良くも悪くも、ポスターにはそれだけの誘惑力がある。
 これは海外移住者募集のポスターであるが、日本が日中戦争、そして太平洋戦争戦争へと傾斜していくなかで、ポスターをはじめ、あらゆる媒体が、戦争へと人々の気持ちを掻き立てたことは衆知の事実である。そうした危険性も孕みつつも、やはりポスターは誘惑的である。逆に誘惑しないポスターは、どんなポスターであれ、三文の価値もない。





ポスター1.JPGポスター2.JPG

「勝ち組」と「負け組」(11/29)

 戦後、日系ブラジル移民社会で、長い間、タブー視されてきた「勝ち組」と「負け組」。これは、ブラジルに移民した日系人たちの間で起きた事件のことをいう。第2次世界大戦で日本が負けたことを信じないどころか、戦勝祝勝会まで開いた「勝ち組」の過激派が、敗戦を認めた「負け組」を国賊として襲い多くの死傷者を出した。両者による相互不信は10年以上も続いたという。

 先日、「海外移住と文化の交流センター」に知人の若林あかねさんが主催した上映会に参加した。作品タイトルは「飛翔」。建築が見た移住の歴史を、膨大な資料と関係者へのインタビューを交えて、分かりやすく格調高く伝えた優れた作品で感心した。
 上映時間より早く着いたので、館内を徘徊していたら、移住ミュージアムの企画展「知れられざるブラジル移住の歴史展」で、「勝ち組」と「負け組」について詳しく紹介していた。やっとタブーが解禁になったようだ。

 この事件の背景には、1942年1月、連合国国側の一員として日本と国交を断絶したブラジルによる日本人への弾圧と情報封鎖がある。日本語の新聞、日本からのラジオ(短波放送)の受信が禁止され、情報封鎖の状態におかれた日本人たちは何を信じていいのかわからず、疑心暗疑となり、様々な噂やデマに振り回され、過剰に反応するようになった。ちなみに、この事件を題材にしたブラジル映画「汚れた心」(ビセンテ・アモリン監督)が2011年4月、ブラジルで公開されたらしい。

 実は、情報封鎖がもたらす悲劇は今も昔も全世界で起きている。権力者は自分たちに都合のいい情報しか流さない。これは世の常である。心してかからねばならない。


移住センター.JPGブラジル移民の歴史を担ってきた建物日伯協会の冊子.jpg展示物の内容をまとめた小冊子

カクテル狂想曲(11/22)

 カクテルコンペティションは、バーテンダーたちの腕を競う競技である。「第15回神戸カクテルコンペティション2011」が行われている生田神社会館の会場に私はひそかに潜入した(といっても、きちんと入場料金は払っているのだが‥)。競技は、学科部門、フルーツ・カクテル部門、課題カクテル部門、創作カクテル部門の4部門において競い、総合得点によって順位が決められる。上位2名が関西地区本部大会に出て、さらに上位4名が全国大会に出場する。そこで1位になった選手は世界大会へ出場というシステムだ。
 おもしろいのは、フィギアスケートと同じように、規定(課題)と自由(創作)があることで、例えば規定では、テクニカル、味覚、審査員主観、過不足が審査対象になる。
 11人の選手たちの所作のスピード、美しさは実に見事。日頃の訓練の賜物であり、制限時間内に美しいカクテルを作っていく。
 見物する私といえば、休憩時間中に11社の洋酒メーカーのブースで好きなアルコールをいただき、この時点ですでに軽く酔ってしまう。そして競技終了後は、選手がつくった創作カクテルの試飲がある。量は少しずつだが、アルコール度数の高いカクテルを11人分飲むと、体内は、ジン、ウォッカ、ウイスキー、その他様々なリキュール類で混沌を極め、せめぎ合い、融合し、爆発しながら脳髄はすっかり酩酊状態に。「昼間に飲むアルコールは効きがやけに早いな」などと独り言をいいながら、ふらふらと三宮の街へ繰り出すのであった。


競技中の選手.JPG競技中の選手メーカーブース.JPGメーカーブースで好みのものを!カクテルの試飲.JPG選手がつくったカクテルを試飲。旨い!

アルゼンチン・タンゴ。ファンの年齢層は?(11/14)

 私は、ときどき間欠泉が吹き出すように、アルゼンチン・タンゴを無性に聴きたくなる。あの官能のリズムに心身をゆだねる愉悦に浸りたくなる。たぶん発端は、映画『ラスト・タンゴ・イン・パリ』で音楽を担当したガトー・バルビエリのテナーサックスにしびれた当たりからだと思う。30代の頃、S・I氏に勧められて藤沢嵐子のLPを買ったりもしたものだ。
 最近は、ピアソラの曲がCMによく使われているし、バンドネオン奏者・小松亮太の出現によって、若者の中にもファンが増えたに違いない。

 そして10月下旬、神戸元町あるカフェ萬屋宗兵衛で「SURUS(スルース) LIVE」があった。生タンゴの演奏を聞くのは初めてなので、期待は膨むばかりで、何と最前列のかぶりつき。SURUSのメンバーは若手が多く、観客席もきっと若い連中で埋まるのだろうと思っていたら、あれれ、年配ばかりだ。それもかなりご高齢の人たちだ。日本では1950年代に一度、タンゴブームが巻き起こっている。
 演奏は全19曲、とても素晴らしくて大いに堪能したが、帰途につきながら、疑問符が‥。アルゼンチン・タンゴのファン年齢層は、今でも70歳以上が中心なのだろうか?


スルース・チラシ.jpg演奏会のチラシ

ライブの模様.JPG演奏会の模様

フランク・ゲーリー(11/7)

 10月16日付けの本欄において、「街を歩けば、異形に当る」なるタイトルで、メリケンパーク内のオブジェ「フィッシュ・ダンス」の隣にある異形の建物とは何であるか、疑問符をつけたまま終わったが、その謎が解けた。隣接するフィッシュカフェの事務所らしい。そして、フィッシュダンスも、この事務所も、設計したのは、世界的建築家フランク・ゲーリーということだ。
 実は、フランク・ゲーリーなる人物も、Nさんの最近のFacebookの中の「LA建築探訪」で知ったばかりだ。紹介されている写真「ディズニー・コンサート・ホール」に驚いた。巨大な積み木細工のような圧倒的なボリューム、チタンのうねる曲線が陽光を反射して神々しく輝く。こんな建築は見たことがかなった。彼は、他にも「MITスチールセンター」「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」「マギーセンター」など、他の誰も真似のできない建築を世界中につくっている。そして日本の唯一の作品が、「フィッシュ・ダンス」なのだ。
 ちなみにこのフィッシュは、鯉である。鯉川筋の河口部分に当るメリケン波止場なので鯉にしたそうだ。これからは、一度ちゃんと見上げてから、通り過ぎるようにしよう。

追記:「スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー」なる映画が、親友のシドニー・ポラック監督の手によって作られている。その映画には彼の創作の秘密が詳しく描かれている。その紹介は、近いうちに、また。


鯉.JPGフィッシュ・ダンス

ディズニー・コンサート・ホール.jpgディズニー・コンサート・ホール

進水式と記念絵はがき(10/29)

 神戸に暮らしながら一度も見たことがなかったのが、造船所での進水式だ。神戸には三菱重工と川崎重工業があり、かつては重厚長大段業の象徴でもある造船業は活況を呈していた。その造船業も最近は中国、韓国の受注攻勢を受けて苦境に立たされている。三菱重工の神戸造船所では、ついに後2船で商業船製造から撤退する。これはやばい!今のうちに見ておかねば、という焦燥感からさっそく往復はがきで申し込み、10月19日、やっと念願の進水式を川崎重工神戸工場で見ることができた。
 進水したのはパナマ船籍のばら積運搬船“KOUJU LILY”(3万3500総トン)。まじかで見ると、さすがにでかい。進水方法は、三菱と川崎では違うそうで、三菱が“ローラー式”に対して、川崎は昔ながらの“ヘッド式”(滑走台にワックスを塗り、滑走台をスライドして海上に進水)。支綱が切られると、巨体は静かに音もなく滑り出し神戸港に浮かんだ。
 帰りに記念の絵はがきをもらう。何でもこの絵はがきを3000枚以上収集しているコレクターもいるそうな。どこにでもマニアはいるものだ。一般的に男性の方が女性より収集癖が強いように思うのだが、これは狩猟本能の後遺症なのかもしれない。



進水式.JPG

絵はがき.jpg記念の絵はがき。コレクターには貴重なものだ

朝ドラ「カーネーション」を見るのは、おもつらい!(10/23)

 NHKの朝ドラ「カーネーション」の出だしは好調のようです。和装から洋装に変わる時代の転換期を果敢に生きた女性の話は、実に痛快。個人的には頑固な小林薫の演技の上手さに舌を巻き、毎回ゾクゾクしています。ということで、このドラマを見るのは大変面白いのですが、同時に辛い気持ちにもなります。つまり「おもつらい」という複雑な心境なのです。

 30年以上前の雑誌編集者時代、私は、カーネーションのモデルである小篠綾子さんがいる岸和田へ、月刊誌に掲載する自伝取材のために毎月のように通っていたのです。小篠綾子の自伝を手がけるのは、我が社が最初でした。取材メンバーは、執筆者の女性、編集長、そして担当編集者の私の3人です。当時、次女のジュンコさんはすでに有名で、3女のミチコさんがスポーティなデザインで売り出し中。長女のヒロコさんは、大阪ローカルから全国展開を図る直前でした。綾子さんの印象は、バイタリティの塊であり、記憶力の良さは驚くほどでした。気さくな性格で、岸和田だんじり祭のときは、私も自宅の2階から見物させてもらいました。

 こうして自伝の連載は好評のうち無事に終了したものの、それを単行本にしようという話は社内から出ませんでした。すでに何冊も出した単行本の売れ行きが悪く、また、出版社自体の経営も厳しい状況にあったからです。そのうち、他の出版社から「連載自伝をもとに焼き直したものを、こちらで単行本化したい」という申し出があり、承諾しました。結局、雑誌社時代に、自社で単行本を出さなかったことは、今でも私にとって一大痛恨事なのです。小篠ファミリーの皆さんにも、また執筆者に対しても申し訳ない気持ちになります。こんな複雑な心境を抱きながら「カーネーション」をこれからも見続けるのでしょうね、きっと。



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街を歩けば、異形に当る(10/16)

人間、街を歩けば、いろいろなものに出くわし、新しい発見をするものだ。そして時には、驚くべき異形に遭遇したりする。メリケンパークを散歩していたときのことだ。何度か通った道だが、「あれ、この建物、変な形だなあ。こんな形、していたっけ?」。見上げると、ジッグラトやバベルの塔のようだ。あるいは要塞のようにも、巨大なロボットのようにも見える。ロシア構成主義(ロシア・アバンギャルド)の建築を彷彿とさせる、簡潔で力強い斬新なフォルムに心奪われ、思わず写真を撮ったものだ。中をのぞくと、ラフな服装の若者たちが、パソコンに向かってデザインをしているように見える。「ここは何をしているとこころなんだろ?」。不思議な気持ちを抱きながら、散歩を続けた。その後も、その不思議な異形の建物は何という建物なのか、若者たちは実際のところ何をしているのか。気になって仕方がない。近いうちに謎を解明するつもりだ。

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レアシネマ(10/10)

 神戸市長田区にある「神戸映画資料館」は、ここしかできないようなマニアックな企画が目白押しで、いつも唸ってしまう。送られてきたプログラムの中で自分にあったものを選択してときどき足を運んでいた。今回はいつにも増して、レアな企画であった。東亜キネマが1927年(昭和2年)に製作した無声映画『黄金の弾丸』を、生伴奏付きで上映するというのだ。
 東亜キネマといえば、1923年(大正12年)に甲陽園に設立された映画製作所だ(わずか4年間で閉鎖)。関東大震災によって壊滅的打撃を受けた映画人たちが、関西にこぞってやってきた時代でもあった。
 『黄金の弾丸』は、探偵活劇もので、オープンカー、オートバイ、馬の追跡シーンや、ドイツ表現主義的なタッチを取り入れるなど、予想以上によくできていた。とくに阪神間の高級住宅街や旧居留地、六甲の麓などが撮影シーンに使われていて興味津々であった。ただ、やはりフィルムの状態が悪く、加齢による目の悪さもあって、見続けるのがかなり辛い。目が痛くて途中で何度も涙が出た。しかし最後まで見続けられたのは、この貴重な映画を今見逃したら、一生見られないだろうという必死な気持ちと、90分ぶっ通しで即興伴奏してくれるピアニストの山川亜紀さんに申し訳ないという気持ちからだった。彼女の素敵な演奏がなければ、寝ていたかもしれない。それにしても「神戸映画資料館」を身近かに持つ映画ファンはつくづく幸せである。

(下2点は「神戸映画資料館」のネット案内より)
黄金の弾丸1.jpg「黄金の弾丸」のシーン。旧居留地での追跡シーン
黄金の弾丸2.jpg「黄金の弾丸」のシーン。ドイツ表現主義の影響も
東亜キネマ.jpg三角屋根の100坪のスタジオをもっていた東亜キネマ撮影所(西宮市教育委員会「西宮の歴史」より)

嬉々として購入した「冒険王・横尾忠則」カタログ(10/3)

 嗚呼、また掲載が1日遅れてしまった。昨夜はメリケン波止場にある「メリケン亭」で、月光と潮風を浴びながら熱燗をすすり、そこで知り合った船会社の人の不思議な夫婦談義を聞いているうちに酔ってしまったのだった。反省!

 ということで、先週は、カタログは軽くてハンディなコンパクトサイズがいい、と言っておきながら、実にデカくて重いカタログを嬉々として購入していた事実を思い出した。3年前に兵庫県立美術館で「冒険王・横尾忠則」を見に行ったときのことだった。それは、’60年代未公開作品から、Y字路シリーズ、温泉めぐりシリーズなどの最新作まで網羅。横尾作品の全貌を知ることができるかなり気合いの入った展覧会だった。久々にみる横尾氏の作品群にただただ呆れ感心し刺激を受けまくったのだった。
 さて、帰り際に立ち寄るショップである。なっ、なんだ、このデカさ、厚さは? 本当にこれがカタログなのか? 箱じゃないだろうか? さっそく手に取って、頁をめくると、展示してあった作品の数々が、見る者を挑発してくれる。それに何と言っても秀逸なのが、表紙周りの装丁である。少年頃、胸を踊らせながら購入した少年雑誌「冒険王」「冒険クラブ」「少年」「少年画報」「漫画王」などの表紙を想起させるではないか。デカくても重くてもいい。愛蔵版として手元に残り、時々頁を開いて少年時代に還るのも悪くはない。躊躇することなく購入した。カタログコンパクト主義派の私ではあるが、例外もあるのだ。



冒険王.jpg225mm×350mm。厚さ23mm。 重さを計ると、何と1300gもあった。



コンパクトなカタログがほしい!(9/25)

 毎年、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」(西宮市大谷記念美術館)を必ず見に行きます。今年も8月20日から9月25日まで開催されました。想像力とアイデアを駆使した絵本の原画を見て回るのは楽しい限りです。帰り際に悩むのが、ミュージアムショップでの買い物です。本当は、素敵な作品がすべて載っている公式カタログが欲しいのですが、大きくて分厚くて重いのが難点。すでに本やDVDやガラクタなどで満杯の我が家の狭い部屋にこんなのをおくスペースありません。そこで、これまた毎年、仕方なく、1枚50円のポストカードを数枚購入して帰るのが習慣になっています。
 今回は、どれにしようかと迷っていたら、片面20点、両面で40点の作品が入ったクリアファイルを見つけて、これを購入しました。それにしても公式カタログって、なぜみんなでかくて重いんだろう。私の場合は、小さくてもいいから、コンパクトで軽いハンディタイプのカタログが1200円前後で売っていれば、喜んで買うのだが‥‥。



ファイルA.jpgファイルB.jpg


アバウトが許されないデジタル社会(9/19)

 毎週日曜日に更新している「今週のコトバ」の掲載が1日ずれてしまいました。実は3日前の夜、突如、本サイト「ダラーガ通信」をクリックしても、「波止場通信」の画面が出てしまい、ダラーガ通信にアクセスできなくなってしまったのです。あれれ? と当惑されたり、ご迷惑をかけした方もおられるかも知れません。この場を借りてお詫びします。
 いろいろとサイト設定を触ってみたものの、一向に改善されないため、サーバーに質問項目を送り、回答をもとに再設定したところ、やっと復旧してほっと胸をなで下ろしたばかりです。
 それにしても先週のライオンとの格闘といい、今週のサーバー設定のトラブルといい、デジタル社会は途方もない便利さを提供してくれるものの、いったんトラブルに見舞われると、アバウトなアナログ人間である私は、迷路の森に彷徨いこんだように右往左往するばかりです。どこか一つでも間違っていると正常に動かないデジタルの世界。それは遊びやゆとりを失い、少々息苦しい今の社会そのもののようにも思えます。



ただ今、ライオンと格闘中(9/11)

 仕事上、どうしても使いたいパソコンソフトを購入したところ、自宅で使っているMac OS XのLeopardではそのソフトが使えないことが判明した。Snow Leopardか、今年7月に発売されたLionしか駄目なのだ。しかしLionは、AdobeのCreative Suite1が使えない。妥協案として、Snow LeopardのOXを購入してアップグレードして一件落着。
 ところがオフィスのパソコンはPowerMacのTigerなので、Snow Leopardへのグレードアップは無理。結局、泣きながらSnow LeopardのiMacを購入する羽目となった。そしてセッティングしたところ、「ようこそLionへ」の文字。何じゃ、これは??? ほとんど錯乱状態だ。当面2台両用体制にする他ない。さらにTigerのデータを苦労してLionに移行したものの、Adobe Creative Suite1以外にもLionでは使えないアプリケーションの多さに愕然。もう最悪だ。Lionの我が儘ぶりには怒りを通りこして呆れるばかりである。そしていまだにLionとの悪戦苦闘は続いている。Macを使わない人には何のことか分からないだろうが、とにかく頭の中は真っ白状態。疲れた。
 ところでApple社は、2001年9月、MacにPumaという動物名のコードネームをつけたOSを発売して以来、アップグレードのたびに、Jagar、Panther、Tiger、Leopard、Snow Leopard、Lionと次々に名前を変えてきた。ライオンといえば、百獣の王だ。これ以上に強い動物はいないはずである。次の名前はどうするのだろ?




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どこでも成功を(9/07)

先月末、送別会を開いていただき、女性デザイナーたちから花束を贈られました。その時は気づかなったのですが、家に持ち帰り、改めて見ると、原色の鮮やかな色彩の見事さに見惚れてしまいました。さすがに感性鋭いデザイナーたちが選ぶだけあるな、と感心したものです。なかでも気になったのが、針のように長い赤い花でした。これは、ピンクッション(Pin cushion)と呼ばれる花で、最近人気があるようです。南アフリカの熱帯植物で、見た目がマチ針を刺した針山のように見えるからこの名前が付けられました。そしてさらに調べると、花言葉は「どこでも成功を」。仕事の拠点を大阪から神戸に移した私にぴったりの花言葉でした。花言葉まで知った上で選んだのでしょうか。このピンクッション、切り花としても花持ちよく、2週間ほど咲き続けるとか。もう少しの間、楽しめそうです。




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『原発のウソ』のホント(8/29)

 やはり原子力問題に触れないわけにはいけない。専門家でもない者が、何が正しいのかを見極め判断するのはとても難しいが、現時点で言えることがいくつかある。京都大学原子力研究所の小出裕章助教授の『原発のウソ』(扶桑社新書)を読んだ中で、「オレも騙されていた」と理解できる事実をいくつか知った。その中の一つが「原子力はCO2を出さないからクリーンだ。地球温暖化防止に役立っている」というものだ。小出氏によると、それはとんでもないウソだ!ということになる。
 原子力発電所を動かそうとすれば燃料が必要だ。その燃料は、ウラン鉱山からウランを「採掘」して運び、そのままでは使えないので「製錬」する。製錬したウランを原子炉で燃やすことができるように「濃縮」する。さらに濃縮されたウランを「加工」して燃料ペレットにし、それから燃料棒の形にする。これで原子炉で使える燃料になるが、それぞれの過程で膨大な資材やエネルギーを投資しなければならない。これらのエネルギーは石油などの化石燃料である。つまり原子力発電が動くまでに膨大なCO2を出してしまっている
 一般の人にしてみれば、「こんな事実は、知らされていなかったよな」ということになる。他にも、コストの問題、放射性物質の問題、使用済み核燃料の問題など、今後いろいろ勉強しなければならない。





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世界記憶遺産(8/21)

 新聞の書評欄に「日本初の快挙!世界記憶記遺」のキャッチコピーとともに、山本作兵衛氏の画文集『炭坑に生きる〜地の底の人生記録』(講談社・1700円)が紹介されていた。
 世界記憶遺産? そんなのあったっけ? 世界文化遺産や世界自然遺産は知っているが、世界記憶遺産は初めて聞くコトバだった。調べれば、ユネスコの世界記憶遺産には、これまで「アンネの日記」「ベートベーヴェンの第九草稿」「フランス人権宣言」「マグナ・カルタ」など、世界的な歴史資料が登録されている。昨年6月時点での登録件数は193件。山本作兵衛氏の登録は今年の5月のことだ。
 紹介されている絵には、明治から大正年代における鉱山の暮らしぶりが克明に描かれている。これはすごい! さっそく買い求めた私は、絵と見比べながら一気に読了。この世の地獄のような炭坑の世界を逞しく生きる姿に感動したりもした(本の詳細は、別の機会に)。
 私が世界記憶遺産の存在を知らなかったのも無理はない。これまで日本で一つも登録されていなかったからだ。日本政府はようやく2013年の登録を目指して、『御堂関白日記』と『慶長遣欧使節関係資料』(いずれも国宝)を推薦している。ところが政府とは別に、福岡県田川市と福岡県立大学が共同で炭鉱画をユネスコに提出したところ絶賛され、結果、国宝よりも炭坑で生き抜いた市井の人の作品が日本で初めて登録されることになった。何とも痛快なことである。





炭坑に生きるB.jpg炭坑に生きる・裏面.jpg



ダムカード(8/13)

 京都の宇治市にある天ヶ瀬ダムへ見学に行きました。そこでダムの管理支所の方から頂いたのが「ダムカード」です。野球カードは有名ですが、ダムカードまであったとは‥。訊けば、ダムを見学すると頂けるそうです。だがどこでも発行しているわけではありません。私には単なるカードの一枚ににしか見えませんが、ダムマニアの人たちにとっては最高のプレゼント。ダムカードを収集している人も少なくないとか。この日の参加者にも、ダムカード所有枚数100枚以上、実際に見学したダムの数は200以上という人がおられました。それを訊いて、「う〜ん!それにしてもすごい情熱と行動力であることか」と思わず唸ってしまいました。どんな世界にもマニアの方がいること、そして日本人の好奇心の旺盛さに、改めて感心しました。

天ヶ瀬ダムカードA面.jpgダムカードの表面。右上のアルファベットは、ダムの目的で、「FWP」は洪水調節、農地防災、上水道用水、発電の意味、右下はダムの形式で、「A」はダーチダムの意味だそうです天ヶ瀬ダムカードB.jpg裏面はダムデータ。ちなみに日本には、建設中・調査中のダムを含めて、3069のダムがあります(財団法人日本ダム協会の2003年便覧より)



付録に釣られて本を買う(8/7)

 最近、有名ブランドのバッグを付録に付けた女性雑誌が売れているそうな。「出版社は、採算があうのだろうか」と心配したり、「女性はバッグに弱いからな〜」などと他人事のように考えていた。それがある日、ジュンク堂で、「レジェンドオブザシーズ コンプリートガイド」なる本を見つける。やたらと分厚く、4cm以上もある。開けてみれば、中は70頁足らずの本と、箱のセットになっている。本の中身は、クルーズ客船レジェンドオブザシーズの紹介で、ほとんどPR紙のようなものだ。しかし客船の豪華な施設に思わず目を奪われる。箱の中身は、特別付録で、「ロイヤルカリビリアン社特製トラベルバッグ」が入っている。軽くて大容量はいり、ブルーを基調にしたデザインも素敵だ(写真でご覧ください)。「これで1500円なら安いのでは?」と、付録に釣られて購入してしまった私であった。

 実は、このレジェンドオブザシーズは、横浜発着クルーズやアジアンクルーズに利用されている。現在、世界のクルーズ客船は約270隻あるが、大半はカリブ海が中心。ところが世界2位のクルーズ会社ロイヤルカリビリアン社は、成長著しいアジア市場に目をつけていち早くアジアで展開。さらに同社は、来年夏に、レジェンドオブザシーズの2倍の総トン数をほこるボイジャーオブザシーズをアジアクルーズに投入する。日本にも本格的なクルーズ時代がやってくるかもしれない。ちなみにご近所のTさんは、すでにレジェンドオブザシーズに乗船し、上海までのクルーズを存分に楽しまれたようです。羨ましい〜!付録のバックを安く手に入れたつもりで喜んでいる私はバカであった。


DSCN0797.jpg分厚い本の中身は、冊子と織りたたまれたバッグ
DSCN0795.jpg広げると、大容量のトラベルバッグに!


日本一危険なホームが、懐かしい!(7/31)

 仕事の関係で阪神電車の春日野道駅は時々利用していた。そのたびに、「なんて危険な駅なんだ。あまりにホームが狭過ぎるだろ」と私は怒っていた。特急電車が通過する時などは冷や汗ものである。地下のプラットホームだけでなく、狭い階段も風が強くて、手すりをもたないと吹き飛ばされそうになる。「こら、阪神電車、早く改装しろ!」という私の願いが通じたのか、2004年9月に両サイドに新しくて広いプラットホームが完成して、ホッとしたものだ。
 なくなってみると、逆に寂しくなるのが人間の不思議なところだ。旧プラットホームの幅は、わずか2.6mで、電車の幅(2.8m)よりも狭く、日本一狭いホームだった。1934年から約70年間使われていたが、事故は一つも起こっていなかったというから奇跡だ。いや、余りにも危険なので、利用者が細心の注意を払っていたからかなのだろう。今となっては、あの日本一危険でスリリングなホームが懐かしい。



危ないホーム.jpg駅の壁面にかつての様子が紹介されている

昭和のチカラ(7/24)

 JR塚本駅近くを歩いていると、ある居酒屋さんの店頭ディスプレイが目に飛び込んできた。昭和年代に使用されたレトロな広告や映画のポスターなどがこれでもか!というくらい過剰に貼られていたからだ。その効果は抜群で、50歳代以上の人なら思わず足を止めて見入ってしまうだろう。たちまち気分は昭和モードへとワープし、そのまま店内に吸い込まれるに違いない。昭和のチカラというべきか。でも若い人たちは、これらを見てどう感じるのだろうか? 一度聞いてみたいものだ。





DSCN0454.jpg居酒屋「いちにいさん」の店頭DSCN0456.jpgレトロな広告が所かまわず貼られているDSCN0457.jpgご存知『緋牡丹博徒』のポスター。しびれるね〜

楽しい募金(7/18)

 東日本大震災以後、さまざまな形で募金活動が行われています。神戸元町商店街では、募金を呼びかける人は誰もいませんが、粋で楽しい募金活動を行っています。
 ご覧の通り、コイン用の募金箱と紙幣用の募金箱の2つが通りの中央に設置されています。コイン用は、コインをすり鉢状の中に立てて置くと、勢いよく周りながら中央の小さな穴に吸い込まれます。子どもたちは興味津々。嬉しそうな表情で熱心にコインを回しています。
 もう一つの紙幣用の募金箱が画期的なのは、透明なアクリル板になっており、中の紙幣が見えるところ。日本の千円札や1万円札の他にも、米国ドル、中国元、韓国ウォン、EUユーロ、ベトナムのドン、メキシコのペソなど実にいろいろ。25カ国・地域以上になるそうです。たぶん神戸を観光で訪れた人たちの善意の現れだと思うと心が温かくなります。
 あるオッチャンが、「ええなあ。わしも恵んでほしいやけどな〜」と羨ましそうに、箱の中をまじまじと眺めていたのも印象的でした。





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接客のタブー(7/10)

 大阪で昼食時に時々利用していた居酒屋さんでのこと。お昼は定食もやっています。職人気質の頑固そうな親父さんが懸命に料理作りに打ち込んでいますが、なぜかスタッフが長続きしません。ある日、目の前の厨房で親父さんがスタッフに怒鳴り始めました。「こら、お前、こんなに厚く切ったらあかんやろ。刺身定食、いくらで出していると思ってんねん。もっと薄くせんかい、ボケ!」。その刺身定食を頼んでいたのは、私でした。客の居る前でこんなやり取りを平気でするとは。このお店は間もなく閉店しました。
 次は、安くて旨いと評判の神戸のお寿司屋さんです。一人でカウンターに座って上にぎりを食べていました。横には、上品そうな紳士が私同様、やはり一人で食べていました。その紳士が食べ終わり、レジを済ませてお店を出たとたん、「○○さん、最近、愛人問題が発覚して、奥さんと別れたんやって」といったような内容で、仲居と板前が今の客の良からぬ噂話を始めました。他の客にも良く聞こえるほど大きな声でのやりとりでした。最低ですね。このお寿司屋さんには、その後行っていないので、今も存続しているかどうかわかりません。
 皆さんも、このような経験ありませんか?




サンド・アーティストの正体は?(7/3)

コタ・キナバルの砂浜を歩き、ふと足ともに目を落とせば、何やら幾何学模様らしきものが、いくつも点在している。これは波が引いた後に偶然できたものなのだろうか。頭の中にいくつかのクエスチョンが去来した後、よ〜く見ると、真ん中に小さな穴が空いている。他の模様を見ても同様だ。どうらやら、この穴に出入りする何者かがこのサンド・アートの制作者らしい。しばらく歩いていると、制作者らしきものを発見した。白い小さなカニが、この模様の間をちょこまかと動いている。この模様の制作過程まで見届けなかったのが少し残念で、今でも気がかりである。



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アブラヤシが多い理由(6/24)

 熱帯地方の風景といえば、誰しもヤシの木を思い浮かべるだろう。中でも背が高くスッキリとしたココヤシが最もポピュラーだと思う。とろこが昨年、初めてマレーシア旅行に出かけ、マレー半島のマラッカからペナン島まで北上したところ、車窓から見るヤシは、ココヤシではなく、ほとんどがアブラヤシだった。ココナシと違って、アブラヤシは原始人の獰猛さを備えている。荒々しいアブラヤシが幾重にも重なって立ち並ぶと、まるで軍団の戦士のようであり、圧倒的なボリュームで迫ってくる。
 「パーム油を取るために森林を焼き払ってアブラヤシのプランテーションを造っているのです」とガイドが教えてくれた。ちなみに2005年には、大豆油を抜き、パーム油が世界で一番広く使われる食用油になったそうであり、最近はバイオディーゼル燃料としても注目されている。1985年から2000年までのマレーシアにおける森林減少の約87%はアブラヤシのプランテーション開発によるもので、地球温暖化を加速させている。この他にも、違法な開発で火入れによる森林火災、土地をめぐる紛争、農薬や化学肥料による土壌・河川の汚染など、様々な問題を引き起こしている。
 このあたりで踏みとどまって、じっくりと考えた方がいいよね。きっと。そして、あの優雅なココヤシを増やしてくれ!



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絶滅危惧風景(6/19)

 時代の流れによって、これまで当たり前と思われていた風景もいつの間にか消滅しつつあります。写真の「高架水槽」も、そんな絶滅危惧風景の一つです。高架水槽は、ビルやマンションなどの中高層の建物で、屋上などに設置する水をためる容器のこと。ところが最近、水道の水圧が高くなってきたため、貯水槽をなくして、配水管から直接各住戸へ給水する「増圧給水直結方式」を導入する集合住宅が増えてきました。貯水槽の清掃などのことを考えれば、これも当然の流れといえましょう。
 でもそのことに一抹の寂しさを感じる私は、激しい風雨に見舞われ、熱暑や極寒の日々にも文句を言わずに屋上に佇む高架水槽の姿をみると、「孤独」「毅然」「忍耐」「献身」といったコトバを連想してしまいます。ぽつんと一人孤独に耐えている青年のようでもあり、また毅然として屹立し、孤高を保っている王様のようでもあり、黙って水をたたえながら人々の暮らしに貢献する献身的な殉教者のようにも思えるのです。



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さすが、おフランスざます(6/12)

 こんな言葉に反応できるのは、50歳以上の人たちでしょう。赤塚不二夫のギャグマンガ「おそ松くん」に出てくる、自称フランス帰りのイヤミなら、下の写真の商品を見ると、きっとこんなふうに言うのではないでしょうか。
 事務所のY夫妻のフランス旅行土産の一つですが、さて、なんだか分かりますか。
 正解は、ポテトチップスです。
 日本ではちょっと考えられないデザインです。日本なら「これで食べたいと思うかね?」「これが食欲をそそるデザインかね?」といった上司の反対意見に合い、即却下となるでしょう。でもフランスなら、「セ・シボン(素晴らしい)」となる。まるで写真集のトビラのようです。
 一つは軽いサラダ味。だから渚で遊ぶ子どもたちの風景です。もう一つは、チリトウガラシと赤トウガラシ味。口の中で燃えさかるヒリヒリの辛さを、レトロな消防隊が出動して火を消そうというわけです。やっぱり洒落てますね、おフランスは。



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客家の教え(6/5)

 テレビのスイッチを入れたとき、偶然、中国史に詳しい先生が出てきて、客家の教えを紹介していた。番組名はまったく覚えていない。
 客家といえば、孫文、トウ小平、リークァン・ユー、李登輝など、中国、シンガポール、台湾と中国圏の各国のトップに登りつめた政治家を輩出していることで有名だ。また福建省の土楼は、客家の象徴として知られている。その客家の教えである。耳をそばだてて聞いていたところ、4、5つほど紹介された中で、次の2つが記憶に残った。

百聞は一見に如かず、されど百見は一行に如かず。

山に真っ直ぐな木がないように、世の中に真っ直ぐな人間はいない。

 前者の意味はすぐに分かるし、納得だ。聞くよりも見る方がよく分かるし、見るよりも体験する方がよく分かる。ということで最近、「Facebook」を始めた私であった。
 後者はどうだろうか。捻りの効いた表現が素晴らしい。意味は、完璧な人間などいない。誰にも欠点はある。だから大目に見て、現実的につきあいましょう。といったようなことだと思う。いかにも中国人らしい、現実的・大人的な考えに妙に感心した。あなたはどう思いますか?



土楼・写真B.gif福建省にある土楼。外敵から身を守りながら共同生活をし、独自の文化と考え方を育んできた。



不快指数(5/29)

 5月26日、気象庁が近畿の梅雨入り宣言をしました。これは平年より12日、昨年より17日も早いそうです。1年のうちで最も嫌で苦手な季節がやってきました。そういえば、昔「不快指数」って言葉がありましたが、最近は聞きません。調べると、不快指数は、アメリカ人が、1957年に気温と湿度から夏の蒸し暑さを数量的に表そうと指数を考案したそうです。
 日本人の場合、不快指数85で93%の人が蒸し暑さのため不快感を感じるそうですが、体に感じる蒸し暑さは気温と湿度以外に風速等の条件によっても左右されるため、不快指数だけでは必ずしも体感とは一致しないため、気象庁の統計種目から外したようです。
 「不快指数」という言葉は使われなくなりましたが、この季節になると私の身体と神経は、しっかりと「不快」と反応。毎日、湿度計を眺め、70%を超えたあたりから「ううぅ、この蒸し暑さ、堪らんわ」と呻いております。


DSCN9664.JPG梅雨入りで傘が目立ち始めましたDSCN9733.JPGわが家の温度計と湿度計(下)。数値が気になります



使い切る(5/22)

 シャープ関連ネタの第3弾。シャープの技術開発センター内にある歴史・技術ホールを見学していたときに、「アレレ、私が持っているものと全く同じ製品があるぞ」。見れば、1987年に発売された電子システム手帳<PA-7000>である。漢字表記ができるほか、カレンダー、メモ、電話帳、スケジュール、計算などができ、さらに用途別ICカードで機能が拡大できるスグレモノだ。さっそく本来と「英和・和英」のカードを購入した。もうこれで海外に出かけても困らない。持っているだけで、有能なスーパービジネスマンに変身できる魔法の手帳にも思えたものだ。
 ところがその後、急速に熱が冷めて、哀れ、手帳は放置状態に…。これでは、欲望のまま女性を口説いて捨ててしまった不実な男のようではないか。せっかく技術スタッフが精魂を傾けて、利用者のために様々な機能をつけてくれたのに、使わないままデスクの引き出しの中にしまい込むとは…。これからは購入した以上は、「使い切る」。これが開発スタッフの努力に報いる“ユーザーの礼儀”ではないかと考え、自分の行動を深く反省した次第である。
 そういえば、ソニーの「CLIE(クリエ)」にも手を出し、同じような目に合わせたことを思い出し、再び反省する私であった。




DSCN8716.JPG歴史・技術ホールに飾られていた電子システム手帳DSCN9653.JPGほら、家にも同じ製品がありました



都市に生息する動物オブジェ(5/15)

 街を歩いていて、ときどきハッとすることがあります。大型の動物オブジェに出会ったときです。それらは、ごく普通にレストランの前のベンチがワニだったり、ヒルズの主のように君臨する巨大な蜘蛛だったり、イベント会場を飾る魚やサイやダチョウだったり、冬季限定のライオンだったりします。普段、目にするのは、ぜいぜい雀、鳩、鴉、猫、犬あたりの小動物なので、これらとの出会いは新鮮です。都市に生息する動物オブジェが、一瞬、私たちの動物的本能を目覚めさせるからなのでしょうか。


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昇降ロボットに世界が見とれた(5/8)

今週のコトバ(4/24)で、石壁で身動きが取れなくなった子どもを紹介して思い出したのが、昇降ロボットだった。昨年暮れ、大阪の天満橋駅付近を歩いていると、多くの人たちが見上げていた。同じ方向を見上げると、おや、観たこと、あるなあ、このロボット。昨年5月に開催された上海万博の日本産業館の壁面に張り付けられたパイプ手足で掴みながら登り降りをしていたロボットである。世界の人たちがこのロボットの動きを口あんぐり状態で見とれていたものだ。実はこれ、大阪の工業ロボットメーカー、マッスル㈱が作ったもの。手足に2つずつ、そして腰と首に一つずつ込み込まれたインテリジェントモーターがそれぞれ情報を送りあい、左手、右手、左足、右足の純にパイプの位置を確かめながらつかんでいく。動きが何ともユーモラスで愛らしい。こんな素晴らしいロボットをつくるメーカーに感心。町工場から世界的企業へと飛躍成長してほしいものだ。


DSCN8033.JPG天満橋駅付近で、昇降ロボットに道往く人が見とれるDSCN8035.JPG動きがユーモラスでなかなか可愛い



チンする(5/1)

「ヘルシオ」。知っているよね、調理中に余分な脂や塩分を落として調理するシャープの電子レンジとして、いま大人気だ。この電子レンジも、世界的家電メーカーであるシャープの得意分野の一つ。1961年に、日本国内初の量産型電子レンジも、実はシャープ製。手間いらずに、素早く簡単に調理できる画期的な商品として、たちまち話題になった。ただし問題もあった。いつ調理ができているのかが分からずに、フタをあけときには、冷えていた、といったことも‥。だったら、調理完成時を知らせる機能を持たせようということで、様々な音を研究したらしい。その結果、自転車の「ち〜ん」という音がいいという結論に達して導入した。このときが、電子レンジで温めることを、「チンする」という言葉が誕生した瞬間だった。「自転車の音を2回鳴らさなくてよかったね」と余計な心配をする私であった。


DSCN8707.JPG国産初のシャープの電子レンジ。電子レンジもシャープの得意分野の一つDSCN8709.JPG国産初のターンテーブル方式を採用した電子レンジもシャープ製。やりますね



想定内でしょう?(4/24)

 阪神淡路大震災を体験した私は、生きている間にこれ以上にひどい震災はないと思っていた。だから、東日本大震災が起きたときは、私にとっては「想定外」であり、心底驚いた。そして地震学者も津波学者も原子力関係者もすべて「想定外」という言葉を繰り返していた。869年に起きた貞観地震が、今回の地震と同じような規模だったと言われても、1100年以上前だから、多少無茶な言いがかりではないかと考えていた。
 ところがである。ジュンク堂で立ち読みした『明治の面影 フランス画家ビゴーの世界』の中に、今回とまったく同じような光景の絵があった。1896年(明治29年)に起きた明治三陸地震のものだった。津波に襲われた後の大船渡村は、瓦礫で埋め尽くされ村は壊滅状態だった。明治三陸地震の死者は2万2000人と書かれている。
 帰宅後、調べてみると、この時の津波は、吉浜村(現・大船渡市)22.4m、綾里村白濱(現・大船渡市21.9m、宮古市重茂村姉吉(現・宮古市)18.9m、田老町(現・宮古市)14.5mを記録。そして三陸綾里湾の奥では38.2mと、本州での津波観測史上、最大高を記録し、三陸町の電信柱にも親切にそのときの記録が示されている。
 明治三陸地震は、今回の震災の115年前の出来事だ。「これなら当然、想定内でしょ?」三陸エリアで防災計画を立てていた連中は、なぜ明治三陸地震程度の規模の津波を想定していなかったのか。不思議で仕方がない。



明治三陸1.jpg2枚とも明治三陸地震のときの様子明治三陸2.jpg津波で押し流された家屋
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子どもは叫んでいた(4/17)

 川の両岸に桜並木が続く夙川公園は、ソメイヨシノをはじめ1660本もの桜が一斉に開花。小高い並木道からこぼれそうなほど多くの花見客たちが浮かれ溢れていました。川面に映る桜でも愛でようかと、川縁に腰をおろし、のんびりと缶ビールを飲んでいると、対岸の石壁を登っている子どもの姿が‥。「おお、元気なやっちゃな。登りたくなる気持ち、わかるな〜」と感心していると、彼はピタリと動きを止め、やがて叫んだのでした。さて、何と叫んだのでしょうか?

 (1)アッア、ア〜(ターザンの物まね)
 (2)スパイダーマンだぞ〜
 (3)おかあさ〜ん

 答えは、最後の(3)です。ピタリと止まったのは、途中で上にも下にも身動きが取れなくなってしまったためであり、母親に助けを求めたのでした。彼の運命やいかに‥。何度か叫んだ数分後、我が子の声を聞きつけたお父さんがやってきて、彼は無事に救出され、一件落着。こんな珍事も楽しい、お花見風景の一コマでした。




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「ほこらしさ」と「いじらしさ」(4/10)

シャープの総合開発センターの中に、同社の開発の歴史を紹介した「歴史・技術ホール」があります。興味深い開発商品の数々が展示されていますが、今回紹介するのは、この2つ。上は、1953年(昭和28年)、一般向けに販売された国産テレビ受信機であり、“国産初”という「ほこらしさ」を担っています。この後、すぐに日本全国に街頭テレビが登場し、プロレス、相撲、野球などを見るために、街頭テレビの前は黒山の人だかりになったものです。当時、テレビは高値の花。一般の人が買えるものではありません。そこで登場したのが、下の製品です。なんだか分かりますか。憧れのテレビの形をしたラジオです。なんという「いじらしさ」。目頭が思わず熱くなりそうです。庶民の気持ちをすくい取って、テレビ気分を味わってもらおうというシャープの人たちの優しさが伝わってきます。でも実際、どれくらい売れたのでしょうか?



国産テレビ第1号.JPGテレビ型ラジオ.JPG

リサとガスパールが、日本で驚いたこと(4/3)

 1月23日の今週のコトバでも紹介した阪急のウィンドディスプレイ。「リサとガスパール」に感心して立ち止まっていた私は、実は、その後、館内でやっていた絵本原画展にふらふらと立ち寄り、さらにショッピングコーナーで、絵本と人形をふらふらと購入したのでした。夢遊病状態ですね、これは。
 さて、話はここからです。絵本を開いてみると、日本に来たリサとガスパール(というか、作者のアン・グッドマン<文>とゲオルグ・ハレンスレーベン<絵>ですね)は、浅草や京都などを観光して回っているのですが、一番驚いたのは、ホテルのハイテクトイレなのでした。やはり!と私も合点しました。日本人の私ですら感心するばかりであり、「マイ・クールジャパン」の1位にしているくらいですから(詳しくはコチラ)。
 日本人は、何かにつけて、お節介というか、かゆいところに手が届くというか、かゆくないところまでかいてしまう民族なんでしょうね、きっと。



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飛行船の時代(3/27)

 私は自慢ではないが、かなりのうかつものである。落語「粗忽長屋」の登場人物に負けないくらいにうかつものである。現に。飛行船は、最初の段階で爆発したものばかりと思っていた。そんな記録映像を何度も観たからだ。ところが、飛行船の時代はちゃんとあったし、飛行船は日本にも来ている。
 ツェッペリン伯爵が開発した飛行船は1900に飛行に成功した。翌1911年にドイツ国内民間航路が開設。そして1924年には大陸縦断航路が、1925年に太平洋横断航路が開設された。以来、1937年にヒンデンブルグ号が爆発事故(この映像の印象が強烈)を起こすまで、飛行船は世界の空を悠然と飛んでいた。1911年から1937年の26年間、空を泳ぐ鯨にも似た飛行船の時代が紛れもなくあったのだ。世界一周飛行の時には日本にも寄っているし、日本人の記者が乗船もしている。
 さらにテレビのドキュメンタリーで飛行船の映像を観る機会があった。内部の優雅な雰囲気や飛行船から観た外の景色の美しさなど、貴重な映像ばかりであった。こちらの話は、またの機会に。



ツェッペリン号.jpgツェッペリン号ツェッペリン号を見上げる.jpgツェッペリン号を見上げる人々

奇妙で不思議な年賀状(3/20)

 下の2枚のカード、なんだか分かりますか。これは「ザックバランな古本屋、トンカ書店」の2011年度用の年賀ハガキの表裏です。左の男性の絵は、眼科で使うハンコのイラストです。右は、図書館の貸し出し用カードをバックに、同じく眼科用のイラストが配されています。何とも奇妙で不思議な年賀状でしょう。
 この年賀状と同じように、トンカ書店は、奇妙で不思議な古本屋さんです。あるきっかけでトンカ書店に入った私は、女性店主にも魅了され、店内の写真を撮らせてもらっただけでなく、インタビューもさせて頂きました。
詳しい内容はコチラ



トンカ・ハガキ表.jpg……トンカ・ハガキ裏.jpg

ありえない光景(3/13)

3月11日、東日本大震災が起きた。発生直後は、震度7の割には被害が少ないのでは?というのが最初の印象だった。だが、時間の経過につれて、予想をはるかに超えた惨状に言葉を失う。とくに町がたちまち黒い波に飲み込まれる津波の恐怖は、悪夢にうなされそうなほどだ。津波が引いた跡は、船が陸に打ち上げられていたり、民家がビルの屋上に乗り上げるなど、日常では「あり得ない光景」が現出する。自然が巻き起こす破壊のエネルギーの凄まじさを実感せざるを得ない。いまの科学で、地震発生の日時を正確に予知することが不可能だとしたら、私たちは防災に万全を期す他ないのだろうか。今後、家族を失った被災者の人たちがテレビの画面に映し出されるだろう。そのたびに私は泣くだろう。


河北新報フォト.jpg     河北新報の写真
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復刻エスサイダーの味(3/3)

お伊勢さんへ出かけたついでに川崎町もぶらりと回りました。かつては“伊勢の台所”と呼ばれた川崎町は、勢田川の水運を利用して栄えた問屋街で、今も古い家並みが残っています。中でも江戸時代に創業された酒問屋「小川酒店」の建物が、いまは伊勢河崎商人館として保存され、町おこしのシンボル的な存在になっています。その蔵を利用したカフェに入って注文したのが「エスサイダー」でした。かつては三ツ矢サイダーに匹敵する人気ぶりで台湾にも輸出していたそうで、2008年11月に40年ぶりに復刻したもの。レトロな雰囲気の中で、伊勢春慶塗のお盆で運ばれてきたエスサイダーは、おつまみ付きで230円。安い! 街の誇りである建物を保存したり、サイダーを復刻しようとする地元の人たちの心意気に大いに感心しながらじっくりと味わいながら飲みました。


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風土に根ざした建築は美しい!(2/27)

昨年8月、兵庫県豊岡市但東町にある「日本・モンゴル民族博物館」を訪れ、本物のゲルを拝見しました。ゲルとは、モンゴルの人たちの移動式住居のことです。学芸員の方から説明を受け、大いに感心し、風土に根ざした住居の美しさを実感しました。まず、ゲルが円形になっているのは、強風による抵抗を和らげるためであり、周囲は蛇腹のようになっていて、折りたたみ可能。30分ほどで解体できるようになっています。入り口は必ず南向きで、天井の中央部分は開閉式になっており、雨の日は閉じて晴れた日は開けます。さらに天井部分の柱が日時計になっており、柱が作る影で時刻を知ることができます。その他すべてが風土に合わせて、住みやすいよう工夫されたものだとわかります。


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エスカレーターの上は、歩くの? 止まるの?(2/20)

 先日、先輩Tさんから言われました。「エスカレーターの上は歩いたらいかんのですよ。貼り紙もしてあるでしょ」。なるほど、探せば必ず、「急停止するおそれがあるので、歩いたり走ったりしては駄目」と書かれています。でも現状、関西では左側一列分を空け、そこを人々は当然のように歩いています。私もその一人でした。どうしたらいいでしょう? 皆さんはどう思われますか?



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火鉢と加湿器(2/13)

今年の冬は、日本海側は大雪で大変な目にあっています。一方、太平洋側は、雨が降らずにカラカラの乾燥状態。火事が発生しやすく、女性の肌にも油断大敵です。ということで加湿器がこのところよく売れているそうです。毎日新聞に連載している野坂昭如氏のエッセイ「七転び八起き」によれば、加湿器よりも濡れたタオルを部屋に吊り下げておいた方が効果的だとか。さらに昔は、火鉢に置かれたやかんからシュンシュンと湯気を立てていて、ちょうど部屋を加湿していたそうです。昔の人の知恵は、こんなところにも生きていたのですね。火鉢でお持ちを焼いて食べたのも楽しい記憶です。ちなみに最近は、電気火鉢も出ているそうですよ。



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夢を追わない人間は野菜と同じだ(2/5)

 やっと今週のコトバらしくなってきました。でも残念ながら私のコトバではありません。実在の人物をモデルにした映画『世界最速のインディアン』の中で、アンソニー・ホプキンス演じる主人公のバート・マンローのコトバです。ニュージーランド人のバート・マンローは、アメリカのボンヌヴィル塩平原(ソルトフラッツ)まででかけ、インディアン・スカウトを改造した愛車で、1962年に1000cc以下のバイクで288km/hの世界記録を樹立した人物です。63歳になっても夢を追い続けるバートに、隣りの家の少年が訊く。「事故死は怖くはないの?」。するとバートは答える。「怖くはないさ。こうしたスピードに挑戦するときは、5分が一生に勝る」と。また「危険が人生に味つけをする。リスクを怖がってはいかん。それが生きるってことだ」。そして少年と別れる時、「忘れるな。夢を追わない人間は野菜と同じだ」。勇気のある台詞がちりばめられたこの映画は、必見ですよ。
『世界最速のインディアン』の詳しい内容はコチラ



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真似でも、楽しけりゃいいか(1/30)

 1月某日、仲間たちと新年会を開きました。場所は、伊丹市にある白雪ブルワリービレッジ長寿蔵。ここは「白雪」で有名な200年以上の歴史を誇る小西酒造の酒蔵をベルギービールのビアホールに改装したところ。200席以上もあるが店内は客で一杯、とても賑わっていました。ビール好きの私は4種類のビールをすべて味わいましたが、中の一つは、なんと米でつくったビールまでありました。仲間が濁り酒「淡にごり」を注文したところ、若い男性スタッフが、注ぎ口の長〜い急須のようなものを持って現れ、高い位置から、テーブルの上においたグラスに注ぐパフォーマンスを披露。みんなで見とれていました。あれ、これって、中国でお茶を注ぐパフォーマンスを真似たものじゃないのかな。でも楽しいからいいよね。ちなみに、この濁り酒、コクがあって美味しかったですよ。(写真上は、上海でのお茶注ぎパフォーマンス、下が長寿蔵のお酒注ぎパフォーマンスです)



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さすが阪急帝国さんやね〜(1/23)

 通勤途中に、梅田阪急の地下1階のウインドディスプレイを観るのは、私の楽しみの一つです。いつも大胆かつ斬新な演出で観る人を楽しませてくれます。なかでも昨年11月の「リサとガスパール絵本原画展2010」の宣伝を兼ねたディスプレイは秀逸でした。3つに仕切られたブースで、それぞれリサとガスパールの人形が可愛く動き、3DCGを駆使したマジックのような演出もあり、道行く多くの人が足をとめて魅入っていました。私もその一人であり、一つひとつのブース感心しながら写真をとっていたときに、背後からおばちゃんが感嘆したように声をあげました。「これ、ごっつい、お金かかっているわ。さすが阪急帝国さんやね〜」。おばちゃんの口から、阪急帝国とは…。意外な組み合わせに私は驚き、その言葉はその後もずっと頭の片隅に居座ったままです。



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えべっさんと七福神(1/16)

 毎年十日戎には、西宮神社にお参りしていますが、今年は例年以上に人が多く、入場規制まで行っていました。こんなことは20年来初めてのこと。これは連休に重なったからなのか、景気回復にかける庶民たちの熱い気持ちよるものなのか、理由はわかりません。お祓いを受けて本殿前へ進み、賽銭を投げて願い事をし、おみくじを引くと、なんと一番の「大吉」。気分を良くして宮水仕込みの「えべっさんの酒」を購入。美味しいうえに、何ともめでたい感じがします。
 さて、えべっさんとは、ご存知「恵比寿」のことであり、七福神の一人です。でもよく考えると、純然たる国産の神は恵比寿だけ。大黒天はインドのヒンドゥー教のシバ神と大国主命の習合であり、毘沙門天、弁財天は、それぞれインドのヒンドゥー教の神、福禄寿は道教の道士で、寿老人は道教の老子のこと、布袋は中国に実在した仏教の僧です。
 日本、インド、中国の3カ国、宗教的には、神道、ヒンドゥー教、道教、仏教のオールスターキャスト。神仏習合どころかそれを超えています。日本ではユーザーの論理で、とにかくめでたそうな神さんを集めた感じがいいですね。



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うれしい年賀状(1/7)

 新年あけましておめでとうございます。
 これまで十分恥をかいてきたのに、そのうえHPとは恥の上塗り以外の何もでもありませんが、開き直って公開することにしました。ご愛読のほどを。

 さて今年も年賀状をたくさんいただきました。そこで一つ紹介したい年賀状があります。実は、昨年いただいたものですが、その斬新なアイデアと優しい心遣いに、天使が舞い降りてきたような、雪解けの水が流れ出したような心境になったものです。
 その年賀状は、半透明の手作り封筒で、中には何やら入っていました。取り出してみると、土とシロツメクサの種でした。
 そして「寒さにも暑さにも強く丈夫な植物ですので、興味のある方は適当な土に中身を移して、日の当たる場所で育ててみてください。春には白い花が咲きます。」と書かれたメッセージが添えられていました。心憎いばかりの演出です。ハートとアイデアがあれば人を感動させることができるものですね。1年遅れですが、植えて花を咲かせてみたいと思います。


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ゆる〜い世界(2010年 12/28)

 M-1を観る楽しみの一つが、今まで知らなかった新しい笑いに出会うことだ。今回は、それがかなった。スリムクラブがそれだ。コンビ名と漫才のネタがまったくかけ離れているのも笑わせる。
 沖縄出身の彼らの漫才は、予測を超えた恐ろしいほどゆったりとしたテンポで展開される、シュールで間の抜けたマンガのようだ。とくに間の長さがスゴイ。限界ギリギリまで伸ばされた間に笑いが吸引される。4分間の持ち時間に、ガリント銃のように喋りまくりギャグを連発する最近の流れからすれば、まさに真逆。どこまでも青い沖縄の空に浮かぶ雲のように、遠くから打ち寄せる波のようにゆったりしている。
 戦場カメラマン・渡部陽一氏が、ゆっくり話すだけでブレイクしていることと共通項がありそうだ。
 ビジネスの世界では、すべてに「効率」が優先される。息つく暇もなく仕事に追われ、忙殺される。自分でもわからない内にどす黒いストレスがたまっていく。窒息寸前だ。そんなときに、ゆる〜い世界に出会うとほっとする。スキマだらけの世界の心地よさを感じるのだった。


スリムクラブ.jpg巷で噂のスリムクラブ。2人とも琉球大卒の高学歴コンビです