映画の海

ヤンヤン 夏の思い出

家族の誰もが悩みを抱えながら展開する群像劇。抑制されたリズムと語り口が心地いい。


★★★

 ヤンヤンは祖母や両親、姉のティンティンと台北に住んでいる、ごく普通の家庭の少年。ところが、叔父の結婚式を境に、様々な事件が起こり始める。祖母は脳卒中で昏睡状態となり、母は精神不安定となり新興宗教に走り、父は初恋の人と再会して心を揺らす。姉は隣家の少女のボーイフレンドと交際を始めてしまう。そして、ヤンヤンにも幼い恋心が芽生え始めるノノ。

 3時間近い長〜い映画。だが、流れがスムーズで、それほど長くは感じない。
 まず原題を英語読みにすると、「ワン、ツー(1、2)」ということになるらしい。配給会社はきっと考えたに違いない。
 これじゃ売れへんで。意味わからへんし。ホウシャオシェンの『トントンの夏休み』があったよなあ。同じような雰囲気のタイトルがええなあ。『ヤンヤン 夏の思い出』。よっしゃ、これで決まりや。
 なんてことを実際に話したかどうかは知らないが、たぶんこんな経緯で決まったと思う。
 だが描き方は大きく違う。トントンは、少年の一夏の体験を瑞々しく描いたものだが、こちらはヤンヤンを含む家族の群像劇である。家族の誰もがそれぞれの問題を抱えこんで悩んでいる。だが、極端には走らない。

 こっそり元恋人と東京で落ち合い、同じホテルに泊まりながら旅行する父親は、彼女と駆け落ちしてもいいし、自分に自信を失った母親はそのまま新興宗教にどっぷりはまってもいいし、長女は、つきあった男が起こした殺人事件をきっかけに、現実の醜さに絶望してぐれてもいいだろう。
 だが、問題を抱えた家族のそれぞれが、最終的には、自分の問題と向き合い、それなりに解決の糸口をみつけ、祖母の葬儀に皆が集うところで終わっている。それぞれの人生を冷静に俯瞰しながら展開する抑制された語り口が心地よい。

 ちなみに、他の映画評を読んでいると、「第53回カンヌ映画祭に出品されたこの作品は、みごとに監督賞を受賞。世界中のジャーナリストは透き通るような美しさに魅了されるとともに、涙を浮かべ、そして絶賛の嵐をよせた」とある。だが一体、どこで涙を浮かべるのだろうか?
 また、ある人は、エドワード・ヤン監督を、「台湾社会に巣食う病理を見つめ、そこに生きる人間たちの孤独を描き続けた監督」だと紹介するが、台湾社会に巣食う病理とは、何なのか。この映画を見ただけでは私にはわからなかった。機会があれば、他の作品も観てみよう。

ヤンヤン 夏の思い出.jpg2000年12月公開/台湾・日本合作/監督/エドワード・ヤン/出演:ウー・ニエンチェン、エレン・ジン、イッセー尾形

天安門、恋人たち

心がヒリヒリするような青春映画


★★★★

 女主人公ユー・ホン役のハオ・レイの表情がいい。一見普通の女の子のようだが、北京の有名大学に入る知性を持ちつつも、カミソリのような感性と地雷のような欲望を併せ持った危うさを漂わせているのがいい。あまり笑わず、遠くのものを見つめる眼差しがいい。

 この映画は、1989年6月に起きた天安門事件を中心とした時代背景をバックに描かれている。しかし中国当局が恐れるような民主化を求める学生を圧殺した当局への怒りがテーマの映画になっているわけではない。だが、民主化を求める当時の自由な雰囲気は十分に感じ取れる。

 大学には外国人も多く留学しており国際的な雰囲気が横溢している。ハンディカメラが大学の寮の雰囲気を捉えていく。狭くて雑然とした6人部屋で、ギターをならしたり議論をしたり、ビールを飲んだりしている学生達の姿、娯楽室で瓶ごとビールを飲み、煙草がもうもうと煙る中で、ダンスに興じる学生たちの姿、そして天安門へ向かうために、トラックの荷台に次々に乗り込み気勢をあげる学生達の姿。こうしたシーンなどが続く中で、見ていた僕は思わず、胸が熱くなってきた。

 なぜだろう。僕は大学寮住まいではなく、大学のすぐ裏にあった学生下宿に住でいた。僕の部屋には同じ下宿の連中はもちろん、同郷の仲間たちが入れ替わり立ち替わり出入りしていた。

 小谷が来てインドの話や三上寛の話を熱く語り、ハン・スーインの講演に一緒にいった安部が「よだきいに」と大分弁でぼそぼそと呟きながら廊下を歩き、粟村さんが「いまは、もう誰も〜」とギターを弾きながら美声を響かせ、窪田さんが、「今度、ディスコいこか。梅田にできたんや」と誘いに来て帰りは大雨で膝下まで濡れた。中村さんが「バイトせえへんか。小学校の宿直やけど」と教えてくれ、真っ裸で夜中のプールを泳ぐ。長谷川が、彼女に出す手紙を見せてくれる。内容は「今日、バナナを食べました」てな感じ。名古屋出身の今井が腕から血を流しながら帰ってくる。「デモで革マルの連中に襲われたんや」。小林が「今日、麻雀やろか」と誘い彼には大三元、中の単騎待ちを振り込んだ。友政は誰彼なく借金の無心をし、宮垣はいつもキャベツを丸ごと食べていた。浪人生の岡からは、毎回、何枚もの便せんで分厚くなった封筒が届き、三島が割腹自殺について心情を綴っていた。下宿の奥さんから、「夕食できましたよ」と声がかかる。先輩優先の風呂は、1年生が入る頃は泥湯のようになっていて、夏休みは、裏の食堂に行ってチキンライスを食っていた。田中くんは、「真面目に授業に出ないとあかんやろ」と忠告してくれ、松井は、高校時代のドンファンぶりを楽しく聞かせてくれる。夏休み、和田さんの実家の松江を訪れたものの、蚊に食われて眠れなかった。

 大学の入り口には大きな立て看板が並び、授業は、途中でヘルメットと角材をもった学生に中断された。お金はいつも絶望的になかったが、時間はもてあますほどあった。たいては議論、酒、麻雀、本、映画などで消えていったが、何もすることがないときは、熊を見失った猟師のように恐怖が押し寄せた。それが贅沢な時間だとは、後で気付くのだったが。

 そんな学生下宿時代のことを思い浮かべて、失われた時間と空間の記憶が蘇ってきたために胸が熱くなったのだろうか。はっきりとした理由は分からない。しかし、この映画には、僕にとって混沌とした当時の時代の記憶を蘇らせる強烈な喚起力が確かにあった。

天安門、恋人たち.jpg

1978年、冬。

改革開放政策へと転換した中国の田舎。若者たちの焦燥と諦念が、灰色の風景と解け合う


★★★★

 タイトルになっている1978年は、中華人民共和国にとって、大きな転換点とも言える年だ。その年の11月、登小平が改革開放政策を打ち出した。これを機に、中国は、現在の繁栄への道をひた走ることになる。だが、映画には、そんな説明は一切ないが、中国の人たちには、その意味は分かっているのだろう。
 こうした転換点に当たる年の中国北部の田舎町に暮らす若者たちの鬱屈たる気持ちを抱いている青年と、その弟、家族、そして北京から引っ越してきた女性を中心に話はロングショットの映像を多用しながら、淡々としてテンポで進められていく。
 女性の封筒を勝手にポストから取り出して、お金をくすねたり、銅を泥棒したことことがばれて捕まったり、2人で愛し合っている所を見つかり非難されたり、不良の弟とからかわれ、裸にされ、崖から落ちてしまったり、徴兵されて死んだり、残された家族は北京へ引越をしたり‥。
 普通なら、劇的に盛り上げるこうした場面も、まるで人生の流れの中の一つのエピソード、一つの断片に過ぎないように扱っているのが、この映画の特長ともいえる。
 これは当時の地方住民たちの、暗鬱たる気分を映像化したものともいえよう。改革開放が打ち出されたとはいいながら、地方においては、まだ旧態以前の生活が続いていたであろう。人民服を着て、公営工場で働いている人々の中で、青年は、工場をさぼって、こっそりとトランジスタラジオをつくったり、北京の女性は、劇団員になる夢を持ちながらも、毎日、工場で埃にまみれて働いている。
 「いつか、ここから脱出したい」。そんな気持ちを抱きながら、自分たちの人生が自由にならないことの焦燥感や諦念が入り交じっている。そんな気分が、灰色の空漠な風景と見事に解け合っていた。

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花の生涯 ~梅蘭芳~

女形の美しさと三つ揃いの白いスーツ姿が印象的


★★★☆

 いつ頃、知ったのだろうか。梅蘭芳という名前を。京劇の女形のスターとして有名な人物として。
 2006年、北京を旅行したとき、梅蘭芳の晩年の住まいが観光ガイドに載っていた。入場料は確か6元だったような。時間がなくていけなかったが、それほどに有名な人物であることは確かだ。でも詳しくは知らない。それをこの映画で知ることができた。

 本物の京劇の雰囲気をたっぷり味わえ、梅蘭芳の女形の美しさも見事の一言だ。その意味でも見応えは十分だった。
 青年時代を演じたユイ・シャオチュン、中年後を演じたレオン・ライともにいい。レオン・ライは、ちょっと太めに見えたが、晩年の梅蘭芳もすこしふっくらしており、レオン・ライの輪郭にそっくりだったので、チェン・カイコー監督は、本物に似せた役者を起用したのだろう。
 梅蘭芳の女形の美しさも見事だが、私生活では、つねに真っ白な三つ揃いのスーツを着ている姿も印象的であった。

 カイコー監督のヒット作「さらば、わが愛〜覇王別姫」に出てくる京劇役者は、文化大革命によって運命を翻弄されることになるが、梅蘭芳は1961年に逝去。日中戦争時代は、髭を生やして抵抗を示したという。幸せな役者人生というべきだろう。

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季節の中で

4組の人々の触れあいを、優しいタッチで描く

★★★☆

 ベトナム出身のアメリカ人、トニー・ブイ監督。
 蓮摘みの娘とハンセン病の主人、シクロの運転手と若い娼婦、ストリートチルドレンたち、ベトナム戦争の元軍人と、現地の女性との間に生まれた娘。この4組の話が、並行して語られていく。
 ここで語られていることは、身分や立場を超えて、人間が心を裸にしてコミュニケートすることの大切である、それによってしか人間は癒やされないことを伝えているようだ。

 美しいのは、冒頭の巨大な蓮の池の中を手漕ぎの小舟を浮かべてつぼみの花を取るシーンであり、最後の河の小舟にのっている女性たちが、ベトナムの歌を合唱しているシーンだ。水に恵まれたベトナムらしい池と河、そして仏教国であるベトナムを象徴する蓮が印象的である。ポーチミンでも、ハノイでも、いたる頃で蓮を見ることができた。映画のような蓮の花売り娘を見ることはできなかったけど。

 もう一つ、真っ赤な火炎樹が見事な歌舞伎の舞台装置的な役目を果たしていた。この火炎樹、メコン川クルーズに出かけたときに、よく見かけた花で、いかにも南国風の風情が漂っていた。

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