映画の海

蜘蛛女

女殺し屋を演じたレナ・オリンの魅力爆発!

★★★★

 ジャック・グリマルディは巡査部長でありながらマフィアにも内通し、報酬を得ていた。同僚からロミオ(色男)と囃される彼は、美しい妻のナタリーと愛し合いながらも、若い愛人シェリーまで囲い、マフィアからの賄賂で潤った快適な生活を送っていた。ある日、ジャックはマフィアの女殺し屋モナ・デマルコフを護送する任務に就く。モナは美しく強烈な魅力を放っていたが、マフィアのボスのドン・ファルコーネでさえ持て余し怖れるほど狡猾で残忍な女でもあった。モナから自分を逃がすよう持ちかけられ誘惑されたジャックは、まるで蜘蛛の巣に絡め獲られていく獲物の様に、次から次へと彼女の罠に嵌られ破滅へと追いやられていく。

 評論家の宮崎哲哉が、週刊誌で「世界で一番怖い女」と紹介していたので、期待して観たが、それほど怖くないゾ。おい、宮崎。怖くないどころか、魅力的ではないか。自分の死体を演出するために、片腕を切ってジャックの愛人の死体と一緒に燃やすなんて、その大胆不敵なアイデアと実行力には恐れ入るばかりであり、妙に感心してしまった。

 実は最後にエンドロールが流れるとき、モナ役のレナ・オリンが何番目に出てくるか数えてみたら、6番目だった。そして原題は、「Romeo is Bleeding(色男が血まみれ)」である。つまり主役は、欲望に負けっ放しの巡査部長・ジャックであり、マフィアと殺し屋モナから命を狙われ、足の指を切られたり、血まみれになる男の話である。
 ところが邦題は、逆に殺し屋のモナを主人公に見立てたタイトル「蜘蛛女」に変えられている。それにしてもよくこんな怪しげなタイトルを思いついたものだ。少しでもマゾ気のある男性なら、「こんな殺し屋なら、殺されてもいいか」と思ってしまうほど魅力的であり、脇役が主役を完全に食った作品である。

蜘蛛女.jpg1994年/イギリス、米国/監督:ピーター・メダック/出演:ゲイリー・オールドマン、レナ・オリン、ロイ・シャイダー

ブーリン家の姉妹

アン王女はなぜ魔女として処刑されたのか。

★★★★

 16世紀のイギリス史を学ぶには、うってつけの教材。実際に、ロンドン塔を訪れたとき、「ここが、アンが処刑された場所です」とガイドから説明を受けたが、不勉強のせいで、その時は、あまりピンと来なかったものだ。だが、この映画を観て、(1)ヘンリー8世が、なぜカトリックと絶縁してイギリス国教会を立ち上げたのか。(2)王妃となったアン王女がなぜ、魔女とされてロンドン塔で処刑されねばならなかったのか。こうした疑問もすっと解けた。
(1)について。王妃の座を狙ったアンは、ヘンリー8世に離婚を迫った。カトリックは離婚を認めないため、前の結婚を無効とするように画策するが、認められなかったため、それに怒ってカトリックと絶縁、イギリス国教会を立ち上げ、アンと結婚した。
(2)アンは、一人目のエリザベス(後のエリザベス1世)を生んだが、ヘンリー8世は男子継承を欲した。2人目の子どもは早産で死亡しため王の関心は他の女性に移った。焦ったアンは、男児を生むために、複数の男性と不義密通(その一人は、実の弟だとされる)をしたとされる。結婚から2年後、アンは国王暗殺の容疑、および不義密通を行ったとして、反逆罪に問われた。その結果、同年5月19日、反逆、姦通、近親相姦および魔術という罪で死刑判決を受けた。

 もちろん映画としても見応え十分。時代考証に基づいた衣装や、壮麗で陰鬱なロンドン塔の風景には目を奪われた。そして役者も、アン・ブーリンを演じたナタリー・ポートマン、妹のメアリー・ブーリンを演じたスカーレット・ヨハンセンともに、姉妹の性格の違いがわかるような素晴らしい演技。息もつかせずに、最後までのめり込むように観てしまう映画だった。
 権力の亡者達ばかりが出てくる中で、権力争いの虚しさや危険性を説くアンの母親の賢明さ、アンの妹のメアリー・ブーリンの純粋さに心惹かれる。

ブーリン家の姉妹.jpg2008年10月公開/米・英/ジャスティン・チャドウィック監督/出演:ナタリー・ポートマン、スカーレット・ヨハンセン、エリック・パナ

ワールド・オブ・ライズ

中東を舞台に、本部と現場の対立をスリリングに描く

★★★★

 世界を救おうとする2人の男。CIA工作員のロジャー・フェリス(レオナルド・ディカプリオ)と、彼の上司であるベテラン局員、エド・ホフマン(ラッセル・クロウ)。フェリスは現場を知らない上司にキレながらも、命を張って働く男。一方のホフマンは、平和な自宅や安全な本部から電話一本で命令し、部下の意見は無視する冷酷な男だ。
 そんな生き方も考え方も違う2人の目的はひとつ。地球規模の爆破事件のリーダーを捕まえること。足跡すら残さない正体不明の犯人をおびき出せるのは、「世界一の嘘」しかない。フェリスとホフマン、そして他国の諜報部の、息もつけない頭脳戦が始まった!

 アメリカ映画が、現代の戦争を扱えば、舞台は中近東になるのは仕方のない話なのだが、それにしても多くなった。もう一つの特徴は、偵察衛星からの情報を大きな武器にしていることだ。かつて兵士たちが立ちションをしている姿も映るらしいという話を聞いたことがあったが、本当だった。しかし、現場で働くフェリスはいう。「上から見ていたってわからないんだ。テロリストと一般市民の区別なんてわからないからね。だから敵の組織にスパイを潜入させて探らないと分からない」。本部と現場の対立は、友人T氏が指摘するように、「踊る走査線」のテーマに近いかもしれない。
 この話しには、さらにヨルダンの秘密警察組織が絡んでくる。「絶対に嘘はいうな」と釘を指していた相手に嘘をついたことで、今度はフェリスが囮(おとり)にされ、拷問を受け、命を落としそうになる寸前に救出される。こんな組織が嫌になり、フェリスはCIAの仕事をやめて、現地の女との生活をすることを決めたのだった。

ワールド・オブ・ライズ.jpg2008年12月公開/米国/監督:リドリー・スコット/出演:レオナルド・ディカプリオ、ラッセル・クロウ

告発のとき

戦争の恐ろしさがじわりと伝わる傑作

★★★★

 2004年、ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)の元に息子のマイク(ジョナサン・タッカー)が軍から姿を消したと連絡が入る。イラクから戻ったマイクが基地へ戻らないというのだ。ハンクも引退した元軍人だった。息子の行動に疑問を持ったハンクは基地のある町へと向かう。帰国している同じ隊の仲間たちに聞いても、皆マイクの行方を知らなかった。やがてマイクの焼死体が発見されたという連絡が入る。ハンクは地元警察の女刑事エミリーの協力を得て、事件の真相を探ろうとするが…。

 さすがポール・ハギスというべきか。見終わったあとは、案外平凡な結末だったように思ったのだが、一晩寝てから考えるたびに、これは犯人探し映画でないこと。そしてこの映画が伝えたいテーマの重要さに気づかされた。
 息子を殺した犯人は、同じイラクで闘った仲間だった。犯人は犯罪歴のある粗暴でいかにも殺しかねないと思われるわれる兵士でなく、折り目正しい兵士であった。そして喧嘩のうえで、簡単に殺してしまった。「おれがやらなかったら、逆にマイクに殺されていたかもしれない」と殺した兵士が語る。

 息子は仲間から「ドク(ドクター)」と呼ばれていた。その理由は、捕虜の傷口に手をねじ込んで楽しんでいたから。そのことを聞かされ、ハンクは顔を歪める。捕虜を痛めつけて平気になってしまう神経は、恐怖を紛らわすために、逆に痛めつけて快楽を求めてしまう神経ともいえよう。家族想いで、愛国心あふれた息子が、そんなことをしてしまう。戦争への疑念がハンクの胸によぎったに違いない。

 この映画の恐ろしさは、真面目で礼儀正しい兵士たちが、イラク戦争の現場を体験することで、条件反射的に殺すことに抵抗感を失っている点にある。戦争が平凡で善良な人間を残酷なことも平気で犯してしまう心理状態においやる恐怖を暴いたものだ。

 ポール・ハギスは、『クラッシュ』でもそうだったが、アメリカが抱えている矛盾を、独自の手法で鮮やかに描いている監督である。イラク帰還塀に、PTSD(心的外傷ストレス障害)にかかっていることに危機感をもったポールが、この映画を考えたそうだ。ちなみに、戦争とPTSDは、昔から指摘されている。第一次世界大戦のとき、多くの兵士が戦場からの帰還後、精神的な影響をうけて身体まで病んだ例が映像でも残っている。

告発のとき.jpg2008年6月公開/アメリカ/監督:ポール・ハギス/出演:トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、ジョナサン・タッカー

ブラッド・ダイヤモンド

紛争ダイヤモンドをテーマにした、スリリングな社会派ドラマ

★★★★

 アフリカ・シエラレオネ共和国。反政府軍組織RUFに捕まり闇ダイヤの採掘場で強制労働を強いられていたソロモン(ジャイモン・フンスー)は、作業中に大粒のピンクダイヤを発見。再び家族と暮らすために危険を承知でそれを隠すが、直後に政府軍によって捕らえられてしまう。一方、刑務所で巨大なピンクダイヤの話を耳にした元兵士のダイヤ密売人アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)は、その在り処を聞き出すために、同じ刑務所に収監されていたソロモンを釈放させよう画策する。
 アフリカの地域紛争で武器等の資金源となっていると言われる、不法取引されたダイヤモンド。この“ブラッド・ダイヤモンド”の問題を中心に据え、ダイヤで結びついた3人の男女の姿を力強く描いた社会派ドラマだ。

 この映画を見て初めて分かったことが3つある。「シエラレオネ」「紛争ダイヤ」「少年兵」。この3つだ。
 シエラレオネ。アフリカの西海岸にあるこの小国の名前を知っている人は、たぶん1%もいないだろう。しかも覚えにくい名前だ。3回程繰り返してやっと覚えた。この国は1961年に独立。1990年から8年に及ぶ内線で、世界で最も平均寿命が短い国になっていたらしい。
 アフリカの国々の内線の理由は、ダイヤモンド、ボーキサイト、ニッケルなどの天然資源の利権を巡る争いによる場合が多い。それまで平等に貧しかった人々が、貴重な天然資源が発見されることで争うようになる。人間らしい欲望と言えば、それまでか。しかしその代償は高く、力のない多くの人々の犠牲がもたらされることになる。シエラレオネの場合は、紛争ダイヤだった。
 この紛争ダイヤという言葉も初耳だった。紛争ダイヤの定義は、紛争国から算出されたダイヤモンドのことで、これが問題視されるのは、内線国から算出されたダイヤが武器と交換されることで、内線が長引くことが多いからだ。国際社会は、紛争ダイヤの輸入を禁止したが、中には非合法に取引している企業もあったそうだ。
 そして少年兵。ブラック・ダイヤモンドの映画では、少年兵を洗脳する場面がある。ドラッグや麻薬なども利用し、日常的な感覚を麻痺させることで、殺人への抵抗がなくなるようにし向けている。イスラムのテロリスト集団が、少年を自爆テロの仕掛け人に仕立て上げるのも、たぶんこんな感じなんだろう。

 本作は、2006年のアカデミー賞で5つも候補にあがりながらも、結局、一つも取れなかった。翌年、助演女優賞をとったフィクサーよりも、こちらの方がはるかに良い作品であったのに残念。主人公たち2、3人が屋外で話す場面でも、背景には現地の多くの人たちが映り込んでいる。リアリズムを大切にする監督の姿勢がいい。


ブラッド・ダイヤモンド.jpg2007年4月公開/米国/監督:エドワード・ズウイック/出演/レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・コネリー

マリー・アントワネット

ファッションとスイーツを堪能できる女性のためのポップな作品

★★★

 ストーリーは、紹介する必要もないだろう。有名な歴史上の人物マリー・アントワネットを扱った映画だが、歴史劇とは少し趣きが異なる。
 わずか14歳でオーストリアのハプスブルク家からフランスの王室に嫁ぎ、18歳で王妃になった女性の戸惑いと孤独、そしてファッションやスイーツ、ギャンブルへの熱狂、子供が生まれてからは、プチ・トリアノン宮殿での比較的落ち着いた田舎暮らしの楽しみなどが、ポップな感覚で描かれている。これは、監督が女性のソフィア・コッポラだからこその描き方ともいえ、女性の観客には楽しい作品なのではなかろうか。
 年間170着のドレスを新調したというから、ドレスを収納するスペースだけでもかなりなものだ。ま、ヴェルサイユ宮殿だからスペースの心配をすることはないのだが‥。何より女性達の視線を集めたのが髪型で、最初は顔の1.5倍の高さだった盛り髪スタイルは徐々にエスカレート。飾りも草木を着けたメ庭ヘアーモや船の模型を載せたメ船盛りヘアーモなど、とにかく革新的なスタイルで周囲の目を惹きつけたそうだ。映画の中でも、その髪型を存分に楽しめる。
 確かに贅沢の極みというべきで、フランス革命では、民衆から目の敵にされたのは仕方ないけど、女性にとっては一つの理想なんだろう。

 では男性の私はこの作品を楽しめなかったかといえば、そうではなく、十分、楽しめた。とくにヴェルサイユ宮殿での当時の暮らしぶりや、プチ・トリアノン宮殿の内部の様子を見ることができたのも収穫だった。ちなみに撮影は、ヴェルサイユ宮殿を3ヵ月借りたうで、撮影料は1日1万6000ユーロ。2007年当時1ユーロを150円として計算すると、1日240万円、90日換算すると2160万円。これって意外と安いような気も‥。

 ところで、マリー・アントワネットの夫であるルイ16世を、ジェフ・アンダーソン監督作品の常連であるジェイソン・シュワルツマンが演じていた。無表情でとぼけた味が面白かったが、実際のルイ16世はどんな人物だったのだろうか。資料によれば、フランスでも「狩猟と錠前造りが趣味で妻マリー・アントワネットに操られる無能な王」、「国民の境遇に心を悩ませる心優しい王」と評価は、真っ二つにわかれるらしい。映画をきっかけに、歴史上の人物を知るのも楽しいものだ。

マリー・アントワネット.jpg2007年1月公開/アメリカ/監督:ソフィア・コッポラ/出演:キルスティン・ダントン、ジェイソン・シュワルツマン

過去のない男

絶望しない人たち。そしてフィンランドのこと

★★★★

 2002年公開された作品で、同年のカンヌ映画祭のグランプリ受賞作品。アキ・カウリスマキの作品は、これで3本目。少ない台詞、無表情な人物たち、ゆったりとしたペースで展開する話にもすっかりなれた。これも確かにいい映画だ。この映画は、敗者3部作「浮き雲」「過去のない男」「街のあかり」の2作目にあたる。

 「街のあかり」同様に不器用な敗者が主人公として登場しながらも、暗い感じでしない。その理由は、主人公が、自分にも人生に絶望していないからだ。それどころから、変な自信をもっていたり、恋にも積極的だ。また、恋を実らせることができるだけの魅力を備えている。また、彼らを助ける優しい人物たちが登場し、社会的にも立ち直るきっかけを与える。社会的には敗者の烙印を押されかねない不利な状況にありながらも、つねに希望が灯っている。現代人が陥っている孤独地獄は、彼らとは無縁だ。

 もう一つ、暗くならないどこか、明るいユーモア感覚に溢れた作品に仕上がっているのは、全編に流れる音楽のせいでもある。フィンランドでヒットした曲が中心で、ノスタルジーっぽくていい。バンドが無表情に演奏する場面も、「レニングラードカウボーイズ・ゴー・アメリカ」と同じ趣向だ。

 今回、アキ・カウリスマキ監督を生んだフィンランドという国に、初めて思いを馳せた。この国は、社会主義国だったけ? 映画を観ると、ロシアというか、ソ連の影響が強いように思う。
 調べると、長年、フィンランドとロシアの支配下にあり、複雑な歴史を経てきている。1917年に共産化しながら、第2次対戦はソ連と戦い、敗戦。戦後は、自由民主体制でありながらも、政治的にはソ連の影響化にある。とてもねじれており、不安な状況下で誇りをもてないまま生き続けてきたフィンランド人(と勝手に想像している)の姿勢が、この監督にも影響を与えているのではないかと、推測する。

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街のあかり

不器用な自信家が、本当の愛に気づくまで

★★★★

 舞台はフィンランドの首都・ヘルシンキ。表情がなく、自己を語らず、不器用。でも自信家。家族も友達もいない。仕事は、ショッピングセンターの警備員。そんな主人公が、マフィアに目を付けられ、その情婦から罠をかけられる。そして警察に捕まり、服役し、刑期を終えて、社会に復帰する。

 罠をかけた女のことを、警察に一切喋らない。憶測するなら、惚れた自分も悪いと思っているのだろうか。それとも今でも女を愛しているからなのか。しかし、復帰後に女がマフィアといることを見て怒りが爆発、マフィアの男を殺そうとして、逆にボコボコにされてしまう。

 大人しいが、自信家で、正義感の強い男が怒ったのは、この場面以外に2回あった。一度は、犬を外に繋いだままで食事をやっていなかった男に、そのことを告げて、逆に殴られた場面。もう一つは、「女とやっているかい?」とからかってきた職場の同僚に殴りかかろうとして、周囲から止められた場面。つまり、彼は時には、怒りを爆発させるエネルギーを持っている。

 アキ・カウリスマキ監督のこの作品は、敗者3部作と言われているが、主人公は、自分が敗者だとは思っていないのではないか。その限りにおいては、彼は敗者ないと思う。本当の敗者は、自分が敗者だと思い、誇りも怒りも失ったときだろう。その意味で、彼は希望のもてる敗者であり、自殺はしないだろう。

 ただ、最後の場面で、ボコボコにされたとき、客観的に、彼は仕事も愛も失い、肉体もぼろ切れのような状態だったのだから、自信家の彼もさすがに応えであろう。そして自分を惨めに思ったかもしれない。その時、ハンバーガーショップの女が助けの手をだし、彼は彼女の手をやさしく握ったのだった。

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ダージリン急行

へんな映画だが、いい映画だ。

★★★★

 へんだというのは、ストーリー的に、ほとんど意味が分からないという点だ。3人兄弟が心の絆を取り戻すというのがテーマらしいが、なぜ、3人が仲違いをしたのかも、どの時点で絆が深まったのかも、よく分からない。
 また、ダージリン急行に乗って、家出をした母親に会いに行くわけだが、なぜ母緒が出ていったのか、また息子達に再会した母親は、またなぜ離れていったのか、まったくわからない。
 だから、ストーリーで理解しようとするのは途中で諦めた。

 それでも最後まで見続けたのは、いい映画だったからだ。何よりも画面に力がある。インドってこんなに色彩感豊かだったっけ?と思うほど原色が氾濫し、画面はヒップホップに明るい。イラストや調度類なども、こりに凝っていることがよくわかる。サービ精神がよく行き届いている。
 もう一つは、奇妙で明るい笑い、つまりはユーモア感覚が全編に漂っている点だ。父が死のうが、母が家出をしようが、恋人との関係が悪くなろうが、絶対に深刻にならない。人生、そんなものかもしれない、という諦念がある。
 オフビート系、アンチ・クライマックス系、脱力系の映画には、絶望の中に希望を見いだす、という困難な作業をいかにクリアするかが勝負の分かれ目かも。

 ちなみに、まるでマハラジャの専用列車みたいに列車の内装が華やかだったが、メイキング映像をみると内外装ともに作り直したものであることが分かった。ウェス・アンダーソン監督監督のインド理解はあまり気にしなくていいだろう。心の絆という点で、スピリッチュアルなインドを選んだという理由以上に、映像的な興味として舞台をインドにしたのではないかと思われる。

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ライフ・アクアティック

旺盛な遊び心と、クリエイティブ魂に脱帽!

★★★★

 ウェス・アンダーソンの作品を観るのは、これで4本目。
 やっぱりというべきか、予測をしていたが、他の作品以上に、遊び感覚が横溢。下手をすれば、“ごっこ”の世界。学芸会の延長のようにも見える。その分、違和感を感じるときもあるが、それでも見続けてしまうのは、次にどんなシーンが現れるか、まったく予測不可能なためだ。

 感心したのは、探索船の断面を実物大で作ってしまい、登場人物を自由に動かしている部分。これって、これだけで演劇作品を創り上げることができそう。
 ビル・マーレーが演じる海洋生物学者で映画監督(クストーを連想)は、ハチャメチャだが、行動力は凄い。金持ちの嫁から資金を引き出し、海洋体験映画を撮り続ける。とにかく躊躇というものがない。倒れるときは前向きの行動力にだんだん惹かれていく。最後には、チーム・ズィスーの赤い帽子とマリンブルーのシャツ&パンツを僕もほしくなってしまった。

 しかし、ウェス・アンダーソンのこだわり、遊び心、クリエイティブ魂には、改めて脱帽する。シナリオも、美術も、演技も、すべてにウェス調としかいいようない個性を吹き込んでいる。尽きぬアイデアが次々と繰り出されるこの作品、もう一度、ゆっくり鑑賞し直すとしよう。

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天才マックスの世界

空想とアイデアが充満!
落ち込んだときこそお勧めしたい

★★★★

 面白い!「アメリ」に似た、心温まるウェス・アンダーソン監督作品。
 夢見がちな主人公のマックスは、19ものクラブ活動に熱中するばかりで、授業はほったらかし。だから当然、成績は芳しくない。そして彼は嘘つきであり、途方もないアイデアマンである。嘘つきといっても、誰かを騙すというより、人々を楽しませるために嘘を付いてしまうという類だ。いや、一度、見栄のためについたこともあったけど、まあ、いいだろう。「アメリ」が人々を楽しませるために、次々に悪戯を仕掛けるように、マックスも、恋をした小学校の女教師のために、水族館まで作ろうと仕掛けたのだ。
 この映画で驚くのは、マックスが思いつく19のクラブネタであり、楽しませるために次々に繰り出す企画力だ。つまりは脚本の力であり、果敢に映像化を試みる監督の力といっていいだろう。気分が落ち込んだときは、この映画を見れば、希望が風船のように膨らんでくるに違いない。
 アメリとマックス。ともに夢見がちな少女と少年であり、大人が忘れてしまった大切なものを思い出せてくれる。

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レディー・キラーズ

映画史上最高の死体放り投げシーン

★★★★

 コーエン兄弟でただ一つ観ていなかった作品「レディキラーズ」をやっと観た。コーエン節健在。これまでの作品でいえば「オー・ブラザー」の系譜。全編にゴスペルソングを校敵に使いながら悪党たちの奮闘ぶりをユーモラスに描いている。
 犯罪の内容は、あの傑作「黄金の7人」をパクったのかと思われるような類似の展開だ。教授と呼ばれる男が首謀者として仲間を集め、地下から穴を掘って、金庫からお金を盗むという趣向。成功したと思った途端に、成功が水疱に期す。ロッサナ・ポデスタのようなグラマーな美女が登場しなかったのが残念。代わりに活躍するのが、犯罪を阻止することになった黒人のおばあさんだ。仕方ないか。
 コーエン兄弟らしいのが、犯罪者たちがすべて死ぬところ。そして一番印象的なシーンが、死者を橋から川を渡る運搬船に落とす場面だ。残酷であるべき場面を、これほどユーモラス、かつ印象的に仕上げたのは、やはりコーエン兄弟ならではの技といえようか。今まで観た映画の中で、「最高の死体投げ捨て場面」と断言してしまおう。

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