落語の世界

午後の保健室(柳家喬太郎)

落語の約束事を逆手にとった、着想の面白さに感心!

 まいった! 落語の特徴を逆手にとった、こんな手があったとは‥。
 柳家喬太郎の「午後の保健室」を聞き終わった後の私の感想である。
 落語の特徴とは、何か? 言うまでもなく、一人話芸である。一人で何人もの人物を話しわけながら話を進めていく。例えば、隠居さんなら隠居さんらしい声色と仕草で表現する。誰でも知っていることだ。
 この「午後の保健室」には、保健室の先生、生徒、校長先生が登場する。
 まず一人の男が保健室にいる。
 「いやいや、大丈夫ですよ。先生。手を貸してくださらんでもね。一人で起きあがれますわ。どっこいしょの、しょ。いけませんな、また腰がメリメリいいますな。年齢ですかな。近頃は目が覚めても一人では起きあがれないことがたたありますね。でもこうして保健室で休ませてもらって、だいぶ具合がよくなりました」
 さらに次の男が入ってくる。
 「先生いる? 先生、痛いよ」「保健の先生、どこ行った?」「すげー痛い」「胃がチョーいてんだよ」
 今までの落語の約束事でいれば、当然、前者が校長先生で、後者が生徒だと思うだろう。だが、これが逆。そんなのあり? と思いながらも、その着想の妙に感心してしまう。このやり方は、初めてだ。コロンブスの卵を産み出す想像力と、噺をしっかり聴かせる力を喬太郎はもっている。
 ちなみに最後のオチも、ここでは書かないが、流石です。


天狗のはなし

伝説では怪しい天狗も、落語では、知りたがり屋だったり、人間に狙われたりと大変だ!

タイトルに「天狗」が付くのは、上方落語の2本だけ

 すべての落語ネタを知っているわけではないので、正確なことは分からないが、少なくともタイトル(といっても本来は仲間内の符丁なのだが)に、「天狗」が付いているのは、上方落語の「天狗さばき」と「天狗さし」の2つだろう。上方ではそれだけ天狗を身近に感じているのかも知れない。

「天狗さばき」──秘密は誰でも知りたくなる!

 「天狗さばき」は有名な噺なので、多くの人が知っているはず。何やらにやにやとした表情で寝ている亭主がいる。それを起こした女房が、「どんな夢をみていたのさ」と聞く。亭主は「知らない」と答える。「女房の私にも話さないなんて、水くさいじゃないか」と喧嘩になる。仲裁に入った近所の男からも夢の内容を聞かれて、やはり「知らない」と答えて喧嘩になる。さらに大家、代官とエスカレートし、ついには天狗に裁かれることになる。天狗にも「知らない」と答えた後に、いわゆる夢オチでおわる。
 人が秘密にしていることは、聞きたくなるのが人情だ。その気持ちは偉そうにしている人も物わかりの人でもきっと同じ、という人間の業についての認識がその背後にある。

「天狗さし」──天狗を商売にする発想が秀逸!

 もう一つの「天狗さし」だが、私は米朝以外に聞いたことがない。もちろんやっている噺家はいると思うが、頻度は少ない。
 あるおばかな男が繁盛間違いないという新しい商売を考えた。天狗の肉をすき焼きにして出そうというわけだ。そのために長い棒に鳥もちを付けて鞍馬に天狗をとりにいくといって出かける。夜中に修行をしていた僧侶が運悪く捕まってしまう
 オチに出てくる「念仏さし」という言葉が今の人には分からないから、やる人がいないのではないかと米朝はいうが、オチが分からなくても、私は十分面白いネタだと思う。天狗を料理の材料にしてしまうという奇想天外な発想が素晴らしい。創意工夫にあふれた商売熱心な関西人なら考えそうなことだ。私も天狗をつかまえてみたい。