映画の海

グラン・トリノ

孤独なアメリカ人の贖罪と誇りを描く。
映画の神が舞い降りたかのような演出に、思わず唸る。

★★★★★

 文句なしの★5つ。見終わった後で思わず唸ってしまった。クリント・イーストウッドよ、お前って奴は何てすごい作品を作ってしまったのだと。

 この作品のスゴイさは、屈折しているが魅力的な主人公の描き方と、シンプルだが巧みなストーリー展開にあるといえる。
 主人公は決して典型的な善人ではなく、逆に人種差別主義者の老年男性である。しかも頑固で家族ともうまくいっていない孤独な老人だ。

 しかし話しが展開していくにつれ、主人公には人に語れない悩み、朝鮮戦争で人を殺したことによる贖罪の気持ちをもっていること、また孫や周囲のマナーの悪さをなげく公共の精神の持ち主であり、老人ホームなどに入らずに、自分の力で生きていこうとする誇りをもっていること。さらに、隣に超してきたモン族(ベトナム戦争後に難民としてアメリカに移住した人々)の人々のコミュニケーションに人間的なやさしさを感じとることができる感性の持ち主であることなどがわかり、観る者も主人公への共感性を深めていく。

 そして姉と弟への愛情を感じるに従って、主人公が心を開き、変わっていく様がゆっくりと時間をかけて丹念に描かれるのだった。そして劇的な結末を迎えた後は、まるで何ごともなかったように、海沿いのハイウエイが日常的な風景として映され、主題歌が流れる。憎いばかりのうまい演出だ。
 クリント・イーストウッドには映画の神が舞い降りているのではないか。そう思わずを得ないほどの出来映えに感心するばかりであった。

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マッチ・ポイント

タイトルの意味は深い。
ウッディ・アレンならではの洒落た映画

★★★★★

 マッチ・ポイントは、テニスの試合で試合を決める最後の1点。このボールが、ネット上に引っかかり、どちらかに落ちるかで試合が決まるというシーンが最初にスローモーションで描かれる。自分のところに落ちたら負け、相手側に落ちたら勝ち。これはもう運みたいなものだ。

 運の強い男、クリスは、プロテニスプレーヤーをやめて、ロンドンで富裕層を相手にテニスのコーチになる。そこからトントン拍子。富豪の娘と結婚して、父親の会社に入って出世する。
 ところが、愛情よりも愛欲に一度は負けてしまう。だが結局、生活の安定を求めて、愛欲関係の女を切ってしまった。そして事件を起こす。
 証拠となる品々をテムズ川に投げるが、指輪だけが欄干にあたってしまい、こちら側に残ってしまった。
 ところが、最後は見事にこちらの予測を裏切ってくれる。主人公が逮捕されてしまったりしたら、予定調和すぎて面白くないものね。ギリシャ悲劇をひねったような趣もある。

 さすが、ウッディ・アレンならではの洒落た映画である。存分に楽しめた。ロンドンの富裕層の生活をたっぷりとのぞき見できたし、ノーラ役のスカーレット・ヨハンソンの魅力も堪能できた。素敵な料理をたっぷり味わった感じだ。

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潜水服は蝶の夢を見る

記憶と創造力が勝利をおさめる感動映像

★★★★★

 素直に感動した。ジュリアン・シュナーベル監督作品を観るのは、「バスキア」以来だが、これほど天才的な才能の持ち主だったとは。映像もシナリオも役者も、つまりは映画の要素を構成するすべてが秀逸。群を抜いている。

 イブ・モンタンが歌うシャンソン「ラ・メール」(海という意味だ)が流れ、画面は真っ暗になる。やがてうっすらと光りと病室の光景がぼやけて映し出され、看護婦の声が響く。カメラが主人公の目となって映し出される冒頭のシーンから、目と心は釘づけになる。カメラワークの見事さは、例えようがないほど素晴らしい。

 脳梗塞で倒れ、「ロック・シンドローム」という状態に陥った主人公は、人気ファッション雑誌「ELLE」の編集長。唯一動く片目を使い、コミュニケーションを図りながら、本を綴っていく。これだけ書けば、悲惨でお涙頂戴的な話だと思うだろうが、まったく逆。実にイマジネーション豊かで、ユーモア感覚が横溢している。女性たちとの愛を想い出すシーンを観ると、さすがアムールの国、フランスの男なんだと妙に感心する。
 これは、主人公の記憶と創造力の勝利といえる。いや、さらに彼を支える人たちの愛の賜でもある。とくに、瞬きだけで、スペルを1字1字拾っていく女性の忍耐強さには感服するほかない。この映画は、芸術的に素晴らしいばかりでなく、人生の素晴らしさと、生きる勇気を与える映画である。

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抱擁のかけら

練られたシナリオとペネロペ・クルスの魅力を堪能

★★★★

 恋愛映画は苦手だ。だが、この作品は、よく練られたシナリオと、ペネロペ・クルスの魅力でそれなりに堪能できた。

 ペネロペ・クルスが演じるレナに、富豪の社長・エルネストも監督・マテオもまいってしまい、監督とレナが愛し合うと、嫉妬に燃える富豪が奇妙な復讐をする。また監督を愛していた女性プロデューサーも、嫉妬から、富豪に協力して未編集のフィルムを渡してしまう。

 死んだレナとマテオがキスをするところを盗み撮りしたフィルを映し出す。粗い画面のうえに、マテオがいとおしむように、腕を重ねていくシーンが美しい。

 ペドロ・アルモドバルの作品をきちんと見たのは、実はこれが初めて。強烈な色彩が印象的で、ミロやダリ、ピカソなどに共通するスペイン人の刻印が色濃く出ているように思う。他の作品も見てみよう。

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キカ

前衛の塊・ゴルティエの衣裳を楽しむ

★★★

 ペドロ・アルモドバルの作品の中では「抱擁のかけら」についで観る。それにしてもやっと覚えたぞ、この監督の言いにくい名前を。

 なぜこの映画を選んだのかといえば、衣裳担当が、前衛の塊のようなジャン・ポール・ゴルティエだったから。そして実際に映画をみれば確かに出てくる。テレビレポーター役の衣裳が、いかにもゴルティエ風だ。頭に小型のテレビカメラも着いていて、一人ですべて取材ができるというアイデアは傑作。でも頭の角度を考えないと、上手く映らないでのではとか、いや、今なら対象を指定すれば、自動的にカメラが追いかけるかも知れない、そんなことばかりを考えながら観ていた。

 ストーリーは、まあどうでもいいか。スペインらしい派手な原色使いと、ユーモアとエログロとドタバタをゴッタ煮にした感じだ。この作品は、ゴルティエの衣裳に尽きる。

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ボルベール<帰郷>

秘密を抱える女と母親が、互いの絆を取り戻すまで

★★★★

 話の舞台はペドロ・アルモドバルの生まれ故郷である、ラ・マンチャと、マドリッド。
 主人公の女(ペネロペ・クルス)と、娘と、母親。女と母親は、どんでもない秘密を抱えているが、ここでは書けない。この秘密を語れば、ネタバレになってしまうからだ。
 この状況設定のドラマを日本で扱えば、陰々滅々、因果応報、地獄極楽、念仏の一つも唱えたくなるとろころだが、この作品では、泣く場面はあるものの、最後は、主人公と母親は、ともに許し合い、強い絆をかんじるところで終わっている。
 ペドロ・アルモドバル監督作品(2006年)。彼の作品を観るのは、『抱擁のかけら』『キカ』に続いてこれが3作目。
 彼の作品に出てくる登場人物は、一癖も二癖もある人物たちばかり。普通なら、血みどろの話も、登場人物が複雑に絡み合いながらも、乾いた語り口で、どんどん進んでいく。いずれも、乾いた風土、光と影の強いスペインだからこそ生まれる作品なのだと思う。

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幻影師アイゼンハイム

最後の最後まで、見せてくれました

★★★☆

 まず、「幻影師」という言葉に惹かれた。現代はイリュージョニストを呼ぶが、幻影師の方がいい。これは邦題の力。紀末のウイーンの雰囲気もほどほどに出ている。
 さて話はシンプルながら面白い。どう展開するのか、興味津々で画面に惹きつけられる。アイゼンハイムが、恋人を殺した皇太子をどう追いつめるのか。そして最後、観客までも見事に幻影師に騙されてしまったことを知り、感嘆の声をあげるのだ。「最後に、やられた」と。久々に見た、実に切れの良い映画である。

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やわらかい手

嗚呼、マリアンヌ・フェイスフル!

★★★☆

 時は残酷だ。アラン・ドロンの「あの胸にもう一度」に、素っ裸に革の黒いバイクスーツだけという衝撃的なスタイルで若い男たちを虜にしたマリアンヌ・フェイスフルが、ただの太ったおばさんになっていた。
 天知真理のデビュー当時と中年時と容貌の落差にも驚いたが、それに匹敵する驚きだ。いったい何があったのだ、マリアンヌ・フェイスフル。
 このことは後述するとして、映画自体は、ロンドンのソーホー地区の風俗業界を舞台にしているが、いやらしさもなく、話もシンプルでとてもいい映画だと思う。愛する孫のために、風俗業界で働くことになるが、イギリスの田舎の詮索好きで偽善的な世界よりも、優しい心を隠してセックスショップのオーナーとなった男と惹かれあう主人公に共感できる点もいい。

 さて、マリアンヌ・フェイスフルである。調べると、やはりあった。すごいドラマが。詳しくは書かないが、父親は大学教授、母親は名門貴族の家系出身で、清純派で歌手デビューし、映画にも出演。アイドルとなるが、その後は、ミックジャガーの恋人、スキャンダル、流産、自殺未遂、ドラッグ、アルコール中毒、と人生の地獄を体験するのだった。
 それで合点がいった。そうでなければ、あそこまで変形しない。声も嗄れている。しかし顔をよく見ると、大きな目、高い鼻筋など美人の面影は残っている。顔をもう少しスリムにして、皮膚のたるみをなくしたら、今でもきっと奇麗なはずだ。
 映画のストーリーよりも、マリアンヌ・フェイスフルのことが気になって仕方のない映画だった。

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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

石油発掘へばく進する男の欲望と生き様

★★★☆

 石油を発掘することに命を燃やす男の話。金の鉱脈に燃えて西部を開拓したアメリカ人が、1920年代からは石油の発掘に命を燃やし始める。アメリカならでは映画といえよう。荒々しく、野太く、野心的で、欲望がぎらつく映画だ。
 社会正義に燃えたジャーナリストで作家のアプトン・シンプソンの著作「OIL!」が原作らしい。DVDの附録についていた資料写真をみると、実在のモデルがいたと思われる。写真そっくりに映画が作られていたからだ。たぶん、実在のモデルを主人公にアプトン・シンプソンが「OIL!」を執筆し、それをもとにこの映画が制作されたのだろう。

 映画を見終わって感じたのは、監督は、この主人公をどう描こうとしたのだろうかということだ。肯定的に描こうとしたのか、否定的に描こうとしたのか。あるいは、そのどちらでもない視点からなのか。例えば、善人、悪人といった2分法で分けられない複雑な人間という存在をトータルにありのままに描こうとしたのか。とくに家族との関係が主人公に陰影感を与えており、息子との関係が観る者に複雑な感情をかき立て、様々な憶測をすることになる。
 いずれにしても、アメリカらしい題材をテーマに話が展開する人間大河ドラマを久々に観た。

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