映画の海

マライの虎

ハリマオ伝説のもとになる作品。
戦意高揚のために製作された戦前の貴重な映像

★★★★

 日本のハリマオ神話の成立は、昭和17年の新聞報道とともに、翌18年に公開されたこの映画『マライの虎』の大ヒットによるところが大きい。
 モデルの谷豊の死後、なんとマレーシアで10ヵ月間の現地ロケを行ったという。谷家が暮らしていたトレンガヌでも撮影したに違いなく、とても貴重な資料と言わざるを得ない。

 さて実際に見ていると、フィルムの状態が悪く、文字も読み辛い。ところどころでフィルムが切れて場面が飛んでいるところもある。さらに最後のシーンが、2パターン収められていた。

 またこの映画は、史実からすれば間違いだらけである。
 映画の中のハリマオは、背が高いし列車強盗もする。妹が殺されたのは拳銃であり、イギリス官憲の手配によるもの。ハリマオの死亡は、爆破しようとした発電所での銃撃戦で撃たれたから、となっている。。
 だが実際の豊は、背は低いし、列車強盗など大それたことはしなかった。妹が殺されたのは、実はもっとひどいものだったが、これは華僑暴徒によるもので、イギリス官憲の手配ではない。それに妹の死亡時は、豊は日本にいた。また、ハリマオの死は銃撃戦ではなくマラリアによるもので、最後はシンガポールの病院で息を引き取った。

 このように史実とは随分と違うが、、豊が華僑暴徒の妹の虐殺をきっかけに、盗賊を始めたのは事実であり、また軍に協力して活躍し、死亡したのもまた事実である。この2点を踏まえて、あとはご都合主義的に脚色した映画といえよう。

 映像に関しては先ほど述べたように、古すぎて画面が白っぽく、リアル感が失われているのは残念だ。マレーシアの熱帯の暑さもいまひとつ見る者に伝わらない。それでも当時のトレンガヌの様子がわかり、貴重であることは間違いない。
 この映画が紛れもなく戦意高揚映画であることは、バックに流れる歌の歌詞と、最後に機関長が現地のマレー人に伝える言葉に表れている。
 歌詞は、こうだ。

 南の戦地をまたにかけ
 率いる部下は三千人
 ハリマオ ハリマオ
 マレーのハリマオ

 強欲非道のイギリスめ
 天にかわってやっつけろ
 ハリマオ ハリマオ
 マレーのハリマオ

 そして、機関長の台詞は、次の通りだ。
 「日本軍に協力して、悪鬼イギリスと闘おう。そして米英と全東亜から追い払わないといけないのだ」

 見事なまでの宣伝映画である。それでも当時の人々は、熱帯マレーシアでイギリスや華僑を相手に活躍する日本人の姿に興奮したのだった。

マライの虎.jpg1943年/大映/監督:古賀聖人/主演:中田弘二、上田吉二郎

迎春花

いまはなき満州を舞台にしているだけで貴重

★★★★

 李香蘭主演、当時松竹映画の看板スターだった小暮美千代が共演の「幻のキネマ」と謳われた青春映画。奉天にある日本の建設会社へ赴任してきた支店長の甥が、同じ会社に勤務する女性や支店長の娘と爽やかに繰り広げる淡い恋愛劇。
 とキネマ旬報には、以上のように紹介されている。正確な制作年は分からないが、戦前の貴重な作品であり、満州アーカイブス 満映作品集(映画編)と銘打たれた中の1本だ。

 満州帝国時代の、奉天の街やハルピンの街の様子が映像で残っている。大通りには立派な建物も多く、通りの幅も広く、堂々たるものだ。また、屋外でアイスホッケーをするシーンなども、極寒の満州ならばこそといえよう。
 これも当時の国際映画の一つなんだろうが、日本の満州侵略を正当化するようなストーリーはほとんどなく、純粋に恋愛映画となっている。
 最初の方のシーンで社長が、「南は資源を作るが、北は人をつくるからね」という台詞が入っていた。当時の軍部の南進をふまえたものだ。

 ちょっと驚いたのが、主役が「え、この人が?」と疑問詞がつくほど、主役とは縁遠い風貌だったことだ。戦前の2枚目スターといえば、上原兼、佐田啓治といったイメージなのだが。しかし彼は、太ってメガネをかけており、どうみても脇役にしかみえない。なのに、李香蘭と小暮美千代の両方の女性から惚れられるという設定なのだ。ま、いいけどね。これは余談。
 いずれにしても、いまはない幻の満州を舞台にした貴重このうえない作品であることは確かだ。

迎春花.jpg1942年/松竹・満映合作/監督:佐々木康/出演:李香蘭、小暮実千代、近衛敏明

支那の夜(蘇州夜曲)

ノスタルジー炸裂! 日中合作による国策映画

★★★★

 昭和15年の作品。貴重映像そのものである。戦前の映画、それも中国に進出中に作られた映画は、中国支配を正当化するための国策的な狙いを秘めていると言われている。主演は、当時の満映(満州映画協会)の看板スター・李香蘭(山口淑子)と、東宝の看板スター・長谷川一夫である。
 ストーリーは、おおよそ次のような感じだ。日本の空爆によって両親を殺され、家を破壊された中国娘・佳欄(李香蘭)に絡んでいた日本人から助けた船員の長谷哲男(長谷川一夫)が、その中国娘を引き取り、手厚く介護することにする。そして日本人の誠意を伝えようとする。しかし、なかなか思ったとおりには進まない。だが、少しずつ心は傾きつつある。そしてある時、彼女の兄を含めた抗日の中国人たちの策略によって、娘を心配して大世界(ダスカ)を訪れた長谷に危機が迫る。それを助けたのは佳欄であった。そして2人は結婚。蘇州を訪れる。数日後、軍事物資を船で運ぶ途中、長谷は抗日の中国人に襲われる。長谷が死んだと聞かされ、悲嘆にくれる佳欄は、思い出の蘇州へ。入水自殺を図ろうとしているとき、腕を負傷した長谷が駆けつけ抱き合う。2人は、運河を運行する観光船に乗って見つめあう。ジ・エンド。

 ここで描かれた日本人たちは、正々堂々として、弱い人間に暴力をふるうやつは許さない、といった模範的な人間に描かれている。彼女の両親が死んだのも、戦争だから仕方ないという訳か。どうもこのへんの事情がわからないが、抗日の中国人は悪人として描かれていることだけは確かである。しかし、戦争の切迫した感じがほとんどしない。侵略した日本人にとっても、まだ、のどかな時代だったのだろうか。中国における戦況の変化と年代とを照らし合わせる必要がある。

 貴重なのは、戦前の上海と蘇州の風景である。上海の黄浦江にはジャンク行き交い、街中には着物をきた日本女性や外国人の軍隊も映っている。これまた、日常生活の風景は、のんびりした空気が漂っている。大世界(ダスカ)に出かける場面があったので、大いに期待したが、これは期待はずれ。ほとんど映っていなかった。場所を変えての撮影かもしれない。
 蘇州では、張り巡らされた運河の風景と、名所である寒山寺をバックに、2人が新婚旅行を楽しむ風景が印象的だ。運河に楽器をかき鳴らす観光船の存在には驚いたが、今はもうないだろう。

 李香蘭と長谷川一夫の2人も若い。李香蘭は10代、長谷川一夫は20代だろうか。長谷川一夫は、目鼻が大きくて目立つ役者顔である。そして背は低い。着ている船長の服のデザインが、何とも奇妙だ。
 また、長谷が住んでいる家は、やたらと大きな屋敷で、居間には7〜8名の日本人たちがつねにたむろしている。戦前、異国の地には、日本人たち集うこうした場所がいくつかあったものと推測される。
 李香蘭は、背の低い長谷川一夫より、さらに低いが、大きな目が怪しく光り、確かに魅力的である。中国語はぺらぺら、そして日本語も無理にたどたどしくしゃべっているが、本当はしゃべれるよ、というのがありあり。満州で育った日本人として、中国語まで完璧にマスターした山口淑子の才能に驚くばかりである。戦前のバイリンガル女性というべきか。
 主題歌はもちろん有名な「支那の夜」である。この歌がはやってこの映画が製作された。作詞・西条八十、作曲・竹岡信幸、歌・渡部はま子。戦前にヒットした歌であるはずなのに戦後も渡部浜子によって、よく歌われていたために、私たちの耳にもなじみ深い。
 ちなみにこの映画は、2005年9月、大阪市の図書館で無料貸し出しをしていたVHSのビデオテープで観たものだ。DVDでの発売が待たれる。

支那の夜.jpg1940年(昭和15年)/日本、中華民国/伏水修監督/出演:長谷川一夫、李香蘭ほか

人情紙風船

原作を超えた展開で、庶民の哀歌を描く

★★★

 28歳で日中戦争で戦死した天才監督と呼ばれている山中貞雄の作品。河竹黙阿弥の歌舞伎狂言の原作をもとに映画化されている。
 原作の主人公は、髪結新三であり、どちらかといえば悪人である。だが侠気と人情味のある悪人で、庶民には人気があるタイプなのだろう。映画の中でもピカレスク(悪漢)ぶりが遺憾なく発揮されるが、最後は殺されそうになる場面で終わる。

 だがこの映画では、もう一人の主人公がいる。浪人の海野又十郎だ。父の知人のエライさんに仕官の口を頼みに行くが、邪険にされて相手にされない。この場面が何度も登場する。このシーンをみて身につまされる観客はきっと多いだろう。舞台となっている江戸時代と違って、繁栄したはずの現代にも失業問題はつねにあるからだ。だから浪人のつらさが身にしみる。しかも妻に心配をかけまいとして「仕官の話は進んでいる」と嘘を付く。このあたりの心境も、現代のサラリーマンにも相通じるものだ。

 山中貞雄が描きたかったのは、浪人や侠客も含めた長屋の住民たちの庶民の哀歌だったのだろう。「人情紙風船」というタイトルも儚げで、彼の狙いもそこにあった。

人情紙風船.jpg1937年/監督:山中貞雄/原作:河竹黙阿弥(髪結新三)/出演:川原崎長十郎、中村翫右衛門、山岸しづ江、霧立のぼる

河内山宗俊

江戸庶民が拍手喝采した理由がわかる映画

★★★★

 3作品のしかフィルムが残っていない山中貞雄監督作品の一つ。1936年製作。
 士農工商の身分制によって天下泰平の世の中を出現させた江戸時代。しかし一面、身分制の息苦しさも感じていたに違いない。だから庶民たちは、強気をくじき、弱気を助ける悪人に、歌舞伎や講談で喝采をおくる。河内山宗俊もそんな悪人の一人である。

 話は甘酒屋の姉と不良の弟、そして河内山宗俊とやくざの親分の居候になっている浪人を中心に展開する。姉の役を原節子が演じているのだが、過剰なまでつくり笑顔は、いかがなものか。これは好みだからさておいて、不良の弟がしでかした2つの事件で、周囲のものが振り回されていく。展開としてはテンポがよく、しかも勧善懲悪で描かれているワケでもなく、これが戦前の映画だとは思えない。今でも十分通用する映画だと思う。
 中でも河内山宗俊が、将軍家にゆかりの高級僧侶に化けて、江戸詰の屋敷に乗り込むところで、庶民はきっと拍手喝采をしたのだろう。
 この話の原作者である河竹黙阿弥と監督の山中貞雄を改めて見直した映画だった。

河内山宗俊.jpg1936年/監督:山中貞雄/出演:川原崎長十郎、中村翫餓右衛門、市川扇升、山岸しづ江