映画の海

板尾創路の脱獄王

脱獄のアイデアと落ちの効いたシナリオに感心する

★★★★

 知り合いの映画マニアから「けっこう面白いですよ」と薦められて見る。
脱獄を繰り返す男が主人公だ。一度歌っただけで、劇中、一言も喋らない。このタイプの主人公は、韓国映画『うつせみ』以来だ。映画が半分ほど過ぎたところでタイトルが現れるが、この人を食ったやり方もなかなか痛快だ。
 アイデアを凝らして脱獄するシーンが一つの見物。歯を使った脱出には恐れ入った。どこからこんなアイデアを考えついたのだろうか。
 また、せっかく脱出しても、線路を走るばかりで、必ず捕まってしまう。不可解に思うのだが、これが重要な伏線だったことが、後半で分かる。
 そして最後のシーン(これは見る人のためにここで書かない)には、あっけに取られると同時に、拍手喝采したくなる。やるじゃないか、板尾監督。才能溢れた新しい監督の誕生である。

板尾創路の脱獄王.gif2009年/角川/監督:板尾創路/出演:板尾創路、國村準、ぼんちおさむ、オール 巨人、木村祐一、宮迫博之

自虐の詩

音楽、テンポ、役者がいい、笑って泣ける映画。世界一の卓袱台返しは、必見!

★★★★

 原作は、週刊宝石に掲載していた業田良家の4コママンガ。そういえば、昔、理髪店で順番を待っていた時に、ときどき読んだ記憶があるが、定かではない。あまり期待をせずに本作『自虐の詩』を観たが、期待を裏切る面白しろさ。卓袱台返しの場面では、何度か声をあげて笑ってしまった。世界一の卓袱台返しのシーンだと思う。
 中谷美紀は、『嫌われ松子の一生』同様に、不幸な女性がよく似合う。テイストは、同作品と一見似ているが、実は全然違うものだと思うし、本作品の方が好きだ。元やくざ、現在ニートの阿部寛の目がいい。バンドネオンのBGMが小気味のよいテンポを生んでいる。
 こうして上げてみると、結局、監督の堤幸彦の才能が優れているってことか、うん。

自虐の詩.jpg2007年/松竹/監督:堤幸彦/出演:中谷美紀、阿部寛、西田敏行、カルーセル麻紀

火天の城

失われた安土城を再現してくれたことに感謝!

★★★☆

 失われた物ほど、想像力をかき立てるものはない。しかもそれが限りなく壮大華麗な安土城だったとしたら、その姿をぜひリアルに再現させてほしい。その一念でこの映画を観た。
 歴史的資料をもとに再現された安土城を見ると、やはり驚嘆する他ない。2〜3階建て当時の城が普通だった時代に、地下1階地上6階建て。これだけでも、信長の固定概念を破る革命者としての資質を十分察することができよう。

 この映画は、西田敏行演じる熱田の宮番匠(宮大工)・岡部又右衛門が安土城を完成させるまでの話が中心になっているが、築城に関して3つのポイントがある。
 まず信長が指図(図面)争いによって選ぶといい、岡部の他に、東大寺の大仏殿建造を担った中井一門、金閣寺(要確認)を建立した京の池上家、3者で競争する場面だ。3つともに素晴らしいデザインだが、結局、模型を燃やして信長の指定通りに吹き抜けにした建物は、吹き抜け部分が火の通路となって早く燃えることを実証した場面が見所の一つ。
 2つ目は、大黒柱とする巨大な檜を求めて敵地に乗り込んで交渉する場面だ。岡部の情熱に共感して檜を送り込んだ人間は、結局、首をはねられることになる。だが、これは史実だろうか。原作を読まないと映画だけでは分からない。
 3つ目は、柱をすべて組み終わった後の場面、地盤沈下で大黒柱以外の部分が沈んでいたことを岡部は知る。このままでは建物にひずみが出て壊れる恐れがある。そこで、みんなの力で大黒柱を浮き上がらせて、のこぎりで短く切ってしまおうというものだ。この部分の映像がなかなかリアル。こんな方法もあるのかと思わせてしまう。
 この他にも、大黒柱を立てる場面や大きな石を運ぶ場面もなかなかいい。
 逆になくてもいいのは、岡部の家族愛の場面や娘の恋愛場面だ。築城とは関係なく、無理に話を広げる必要はない。その方が焦点が絞られるはずだ。
 いずれにしても一度も現物をみたことがない安土城を再現してみせてくれたことに感謝したい。評論することは簡単だが、映画を作るのは、さぞや大変だったろうと思う。ご苦労様。

火天の城.jpg2009年/東映/監督:田中光敏/出演者:西田敏行、福田沙紀、椎名桔平、大竹しのぶ

嫌われ松子の一生

松子の人生を狂わせた2つの要因


★★★

 李監督の才能には感心する。「オズの魔法使い」を十分意識したというよりも、オズの魔法使い的場面をふんだんに採り入れている。ストーリー的には、なかり屈折した女の人生を描いたものだ。女の人生を狂わせた要因は2つあるように思われる。
 一つは、父親の愛を受けられなかったと錯覚しながら生きてきたこと。父親の関心を引くためにする「変な顔」はその象徴だ。その顔のために、松子は何度も失敗している。
 もう一つは、「流される」タイプの女であることだ。これはサイキック探偵団の北野誠氏の説であるが、この説を採用したい。彼女が惚れる男はすべてサディスティックな駄目人間である。にも関わらず彼女は男にのめり込む。「私がついていなければ、彼は駄目になる」という論理であり、自分の存在理由をそこに見いだす。これって、お互いにもたれ合って、両方とも駄目になる典型的なパターンといっていい。
 そして最後、松子はホームレス同然の姿で子どもたちにバッドで殴られて死ぬ。この最後のシーンは不快。できれば脚本段階で変えてほしかった。

嫌われ松子の一生.jpg2006年/監督・脚本:中島哲也/原作:山田宗樹/主演:中谷美紀、柄本明、木村カエラ、柴咲コウ、武田真治、土屋アンナ、宮藤官九郎、劇団ひとり、香川照之

HANA-BI

生と死、静寂と暴力を描く。ユーモアも漂う傑作。先手必勝の喧嘩作法が素晴らしい!

★★★★

 北野武の映画は、テレビ放映された作品しか観ていない。それも「その男、凶暴につき」と「座頭市」の2作品だけだ。
 欧米、とくにフランスとイタリアで絶賛されている武の作品を、日本人でこれしか見ていないというのも悪い気がしたので、代表作と言われる「HANA-BI」を観た。ヴェニチア国際映画祭でグランプリを受賞し、キネ旬でも日本映画1位に輝き、日本アカデミーやブルーリボン賞でも、作品賞や監督賞をとっている。

 なるほど。実際に映画を観ると、受賞対象作品となるのは分かる気がする。他の監督の映画とは違う、武ならではの映画の文体とでもいう特徴が際立った作品だ。

 死期が近い妻を持つ警察官の主人公は寡黙だ。だが行動力は図抜けている。無言実行の人だ。ある事件で、同僚が車椅子生活となり、部下を死なせた時に、彼は妻のために、そして同僚と部下のために出来る限りのことをしながら、死への道を選ぶ。死を覚悟した男は、やくざも恐れない。

 彼の喧嘩のシーンも特徴的である。やり方はシンプル。先手必勝主義だ。それも相手に有無を言わせない徹底ぶりだ。これらのシーンで、観客は度肝を抜かれることになる。

 喧嘩のシーンを観て、僕は今東光の小説「悪太郎」を思い出した。旧制中学の主人公(今自身が小説のモデル)は、喧嘩をするとき、素早く抜いたベルトと、脱いだ駄を武器に、先手必勝の攻撃をしかけ、相手をボコボコにする。しかも相手が反撃する力がなくなるまで徹底的にやる。この小説を読んだとき、僕も「喧嘩するときは、コレだ」と思ったものの、その後、実践に移す機会は訪れなかったのは、残念なような、ほっとするような。

 もう一つこの映画で特徴的なのが、絵画の使われ方だ。まるで画家をモデルにした映画なのかと錯覚させるほど、よく登場する。ビビッドカラー使いのポップな絵画だ。全部、武の自作だろう。暴力シーンが多く、陰惨になりがちな活劇を、明るく中和させる役目を果たしているように思える。次は、「キッズ・リターン」でも観るか。

HANA-BI.gif1998年/監督:北野武/出演:北野武、岸本加世子、大杉漣/受賞:ベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)

失楽園

W不倫の果てに死ぬ理由がまったく分からない


★★

 観て損をした。出演していた役所広司や黒木瞳が悪いわけではない。黒木瞳は美しい。この作品で主演女優賞をとっているらしい。では監督の森田芳光が悪いのか。いや、風景描写も良かったし、ラブシーンも奇麗に撮れていた。
 じゃあ、何が悪いかのかと言えば、渡辺淳一の原作である。小説「失楽園」がベストセラーになったのは知っていたが、こんな内容だったとは。これが多くの人に読まれた理由が分からない。中年男の願望、妄想のせいか。

 主人公の二人はそれぞれ家庭を持っているから、W不倫ということになる。W不倫の果てに心中まで起こして、結局死んでしまう。
 W不倫までしようとするには、それぞれ2人に、耐えられない家庭状況があるか、あるいは家庭を棄てもいいと思うほどお互いに惹かれ合う魅力があるかのどちらかだと思うのだが、そのどちらも感じられない。だから、変なのだ。
 もし原作の小説でその当たりのことが納得いく形で語っていたとしたら、その部分を描かなかった森田監督が悪いことになるのだが‥。
 それに、W不倫がバレたからといって、心中する必然性も感じられない。好きな者同士が一緒になれ、しかも2人とも才能があるのだから、2人で楽しく生活すればいいじゃないか、と思わず突っ込まずにおれない。

追記
有島武郎の心中事件をモチーフにしているらしいが、家の価値観と道徳規準の厳しかった明治時代と時代背景があまりに違い過ぎる。

失楽園.jpg1997年5月公開/森田芳光監督/出演:役所広司、黒木瞳、星野知子、柴俊夫

キッズ・リターン

屈折した青春を鮮やかに描く。
ほろ苦い体験と再生の予感!


★★★★

 マサルとシンジの2人は、落ちこぼれの高校生。授業はほとんど出ず、さぼって悪戯をしたり、喫茶店にたむろしたり、成人映画をみたり、中華料理屋でビールを飲み、高校生をかつあげをして小遣いを稼ぐなどしながら気ままに過ごす。前半のシーンで、2人の仲の良さがよく伝わってくる。

 そんな2人も高校を卒業。ボクシングに早くから見切りを付けたマサルは、ヤクザの世界へ。シンジはプロのボクサーをめざす。
 うまくヤクザ社会で成り上がったと思われたマサルは、先輩達の怒りを買って袋だたきにあう。一方のシンジは、ボクサーの素質を生かして連戦連勝。しかし、だらしのない先輩に誘われて、摂生を怠り、減量にも失敗。ノックアウト負けを期す。
 それぞれ挫折を味わった2人は再開し、高校時代のように自転車の2人のりに興じる。「おれたち終わりですね」とシンジ。するとマサルは、「まだ、はじまっちゃいないぜ」と言い、2人は笑う。この最後の台詞がいいなあ。

 この世界には、伸び盛りの若手芸人の足を、売れない先輩芸人が引っ張るエピソードをはじめ、北野武がお笑いの世界で味わった体験を下敷きにしたと思われる箇所が随所にある。
 かつあげをしたり、ヤクザにもなるマサルだが、カラッと明るく、嫌みを感じさせないところが、北野武の才能だとも思う。

キッズ・リターン.jpg1996年/監督:北野武、音楽:久石譲/出演:金子賢、安藤政信、森本レオ、山谷初男、柏谷享助、大家由祐子、石橋凌

ヌードの夜

久々に救いのない闇の世界に身をおく心地よさを味わう


★★★★

 広瀬(小林宏史)にプロポーズされた名美(余貴美子)は、ホストクラブの支配人行方(根津甚八)との腐れ縁を立ち切るためにある計画を思いついた。まず、身元を偽って、“代行屋"紅次郎(竹中直人)を訪ね、都内の高級ホテルに帰った後、計画を実行に移すべく、行方を部屋に招き入れ、殺害するつもりだった。

 といった感じでストーリーは展開する。監督は石井隆。一世を風靡した「名美シリーズ」の一つだ。出てくる人物は、社会からドロップアウトした連中ばかりだ。出口はない。救いのない世界だ。暗い。夜のシーンが多い。雨のシーンが多い。舞台は新宿の歌舞伎町であり、ゲイバーとヤクザの世界だ。あるいは夜の波止場だったりする。
 人間は、明るく清潔な世界だけを好む動物ではなく、暗く不潔な場所の方が心落ち着くこともある。自らの内に渦巻くエロスとタナトスの衝動に身をゆだねたくなる人間の心の傾斜にピタリと印画紙のように当てはまる作品だといえるかもしれない。

 映画を見終わった後で白状すると、名美を大胆に演じている女優が、誰かに似ているなと思いながらも、それが余貴美子だとは知らずに観ていた。1993年公開時で37歳。撮影は35、36歳か。年齢の割にはかなり若く見える。でも欲をいえば、劇画で感じる名美の暗さが足りない。もっと絶望的な暗さ、怒り、色気がほしかった。
 それに対して、根津甚八の暗さはいい。彼の視線には、誰も信じていない者だけが持つ絶望的な凄みがある。「さらば愛しき大地」で、覚醒剤に溺れる男を演じた時にもしびれたものだ。その根津甚八も重なる病気や事故のため、役者を辞めたことを宣言したことはとても残念だ。

ヌードの夜.jpg1993年/監督:石井隆/出演/竹中直人、余貴美子、根津甚八、椎名桔平

鉄男

鉄に逆襲される人間の悲鳴は、何を意味する?


★★★

 かねてより傑作と呼び声の高い「鉄男」をやっと観た。ジャンルでいえば、SFホラーの分野だろう。本来は嫌いなジャンルであり、すぐに観るのをやめてしまうはずだが、結局、最後まで観てしまった。理由は、やはり映像の力なのだろう。
 身体が機械に浸食される映像が、想像を超える過剰な演出に、ここまでやるか!と驚くほどだ。想像力を総動員して、身の回りにある鉄という鉄が、どんどん身体を奪っていく。いや、途中からは猫の身体まで、鉄に浸食されるのだ。つまりあらゆる有機体である動物が、無機質な鉄に犯されるのだ。人間が使いこなしていた鉄に逆襲されるのだ。
 この映像が、いま流行のCGによって作られたものなら、これほどの衝撃は与えられなかっただろう。あくまでも手作りで身体に鉄をこれでもかというほど過剰に張りめぐらし、何度も気の遠くなるほどの回数をかけて撮影を続けた結果できた映像であることに驚くのだ。
 それはチャップリンやバスターキートンやジャッキー・チェンが、自分の生身の肉体で危険を顧みずに危険なシーンを撮影したことに、驚きと感動を覚えるのと近いような気がする。このモノクロ映画を観ていると、なぜか、ドイツ表現主義の「カリガリ博士」を想い出した。同じようなテイストを感じたからだ。しかし正直言って、100分以上、同じようなシーンが続く映像を観るのは少し辛い。塚本晋也監督はかなりパラノイア(偏執病)的資質の持ち主に違いない。

鉄男.jpg1989年/監督:塚本晋也/出演:田口トモロヲ、塚本晋也、藤原京、叶岡伸

AKIRA/アキラ

サイバーパンクSFの傑作の一つなんだろうな、きっと。

★★★★

 SFものは、興味はあるが、苦手な部類である。といっても筒井康隆の小説や、映画『ブレードランナー』や『トータル・リコール』などは、文句なく楽しめた。だが、それ以上に理屈っぽくなる作品に出会うと、ついて行けなくなる。
 このあまりに有名なSFアニメの『AKIRA/アキラ(以下、アキラ)』は、SFの中でも、サイバーパンクと呼ばれるカテゴリーに入るらしい。いくつか資料を読んだ結果、私が強引にまとめると、サイバーパンクとは、「人体と機械の融合や、脳内とコンピュータの情報処理の融合が、過剰に推し進められ社会への反発をテーマに描かれた作品」ということになる

 さて、本題の『アキラ』は、知らない人のめに簡単な粗筋を紹介しておく。

 第三次世界大戦から31年後の2019年。舞台は東京湾上に建設された新都市・ネオ東京。職業訓練学校生の鉄雄は、逃走中の超能力開発実験体の子供と遭遇したことから、ともに軍の研究所へ運ばれる。一方反政府ゲリラは、かつて東京を壊滅させたあと、カプセルの中で眠り続けているとされる“アキラ“を覚醒させようとしていた。ゲリラの一員の少女と知り合った鉄雄の兄貴分の金田は、鉄雄救出のため研究所に潜入する。しかし超能力に目覚めた鉄雄と対決することになり……。

 冒頭、ネオ東京を俯瞰するシーンからこの映画は始まるが、この鳥瞰図の圧倒的な細密ぶりと広大さにド肝を抜かれる。このワンシーンだけで、どれだけの時間と才能が費やされたのだろうか。そして全編を通して、豊富なイマジネジーションと迫力に満ちた映像はとても魅力的だ。20年以上前の作品だが、当時としては画期的な近未来世界の描き方だったに違いない。
 この作品には一つの仮設がストーリーの核になっているように思う。サルが人間へと進化したように、人間からそれ以上の存在へと遺伝子が進化するような絶対的エネルギーがきっと存在するに違いないという仮設であり、それを元に超能力者たちも含めて、様々な人々が“アキラ“の正体を追求する形で展開される。……と、ここまで書いていても、実のところ自分の説に自信も確証もなく、推量の域を出ないのだが、それでも十分に楽しめた。

アキラ.jpg1988年/監督:大友克洋

田園に死す

前衛映画の代表格。
自伝とは、脚色された過去なのだ。

★★★★

 学生時代に観た中で、最も鮮烈な印象が残っている映画の1本だ。当時は、画面に短歌の文字が現れ、青森弁で朗読されたり、恐山の風景、サーカス一座、川の上流から流れくるひな壇(歌付き)、主人公と母親の白塗りの顔‥‥など、いずれも異形の風景で、フェリーニに少し似ているなと思って観たことを覚えている。たぶん日本映画史において、今なお最も前衛的な映画だと思う。

 そして今回、ウン十年ぶりに再び観た。記憶を辿るように映像を確認している自分がいたが、当時は気が付かなかった点が今回目立った。それは自伝には脚色が混じらざるを得ない人間について語る主人公=寺山修司のテーマが明確に語られている。当時は異形の風景にばかり気を取られて、こちらを飛ばして見ていたようだ。

 実際、僕も長い間、寺山修司には騙されていた。歌集の文庫本を読んだときに解説も読んでおけば分かったことなのに。僕の一番の誤解は、母親は、とっくに死んだものとばかり思っていた。そりゃそうだろ、次のような短歌を詠めば。

 亡き母の真赤な櫛で梳きやれば山鳩の羽毛抜けやまぬなり

 亡き母の位牌の裏のわが指紋さみしくほぐれゆく夜ならむ

 短歌の中とはいいながら、誰が母親を殺すと思うだろうか。しかし実際は母親は生きており、寺山自身の方が早く死んでしまった。
 「自伝とは、脚色された過去なのだ」。彼の言葉が、今になって重みを持って迫ってくる。

田園に死す.png1974年/ATG/監督・脚本・原作:寺山修司/高野浩幸、八千草薫、春川ますみ、新高恵子、三上寛

修羅雪姫

梶芽井子の目に吸い寄せられる


★★★

 タランティーノが影響を受けて「キル・ビル」をつくった「修羅雪姫」を観る。「修羅雪姫」は、大学時代に、上村一夫の劇画で週刊誌に連載中に読んでいる。昭和の浮世絵師・上村が描く女性は、クール・ビューティ。涼やかな目元がなんとも色っぽい。映画では、梶芽井子だ。猫のような大きな目がものを言う。観るものを吸い寄せる吸引力を持っている。

 監督は、「八月の濡れた砂」の藤田敏八。時代背景は、徴兵制が発足した明治5年から始まっている。徴兵制に反対する人たちの勢力を利用して教師と長男を殺害し、妻を犯した5人へ復讐するのが、監獄で生まれた修羅雪姫である。
 大量の血しぶきや修行の場面などキル・ビルに真似をされた箇所が随所にある。それにしても、日本のB級映画まで漁っていたタランティーノは、本物の映画オタクだ。

修羅雪姫.jpg1973年/東宝/監督: 藤田敏八/出演:梶芽衣子、黒沢年男、大門正明、岡田英次