映画の海

四川のうた

国営工場労働者の証言をまとめた作品。
インタビューだけなのに、胸を打つ不思議。

★★★★

 不思議な映画である。最初、インタビュー中心にまとめられた映画だとしか聞かされず、他には事前に何の予備知識も情報もなく、この映画を見始める。

 航空機エンジンを製造する国営の420工場で働いていた人たちが、次々と語り始める。8人のすべての人が実在の人物だと思っていたら、途中で美しい女性が2人ほど出てきて、最後は、ジャ・ジャンクー映画に欠かせない女優チャオ・タオが現れる。でも最初の男性は、どう見ても実在の素人にしか見えないし、と筋着に思っていたら、実在4人、役者4人が混在したセミドキュメンタリー映画だった。
 8人の話を通して、国営工場50年の歴史ととともに、中国の歴史、そして工場で働く人たちの歴史が淡々と原寸大で語られていく。

 どれも興味深いが、中でも印象的だったのは次の4人だ。
 点滴駅をもって移動する初老の女性。かつては、妹夫婦に仕送りするくらいに豊かだったが、いまは逆に仕送りをされているという。毛沢東の三線主義(国防上の理由から、東北部から内陸部へ軍事工場を移す政策)により審陽から420工場のある四川省の省都・成都へ移動する途中、奉節の港で3歳の息子を見失ってしまった。涙を浮かべて語る女性の哀しさが胸に浸みる。
 社長室の副主任だった男。幼少の頃の喧嘩の話と恋の話をする。恋の女性は、山口百恵と同じ髪型をしていた。当時、テレビドラマ「赤い疑惑」が大ヒットしたらしい。山口百恵の主題歌が流れる。
 かつては職場の花ともてはやされた中年の女性。いい男性との婚約話まで進んだが、横恋慕した男性が嘘の恋愛話を職場で広めたために、話は破談する。その後、上海で商売をするが、それもうまくいかずに成都に帰り、独身のままで仕事をしながらコーラスなどを楽しむ毎日だ。
 比較的裕福な家庭環境だったが、進学学校への受験に失敗し、背が少し足りないためにモデルの夢を諦めた若い女性。いまは裕福な有閑マダムを相手に、ブランド品の洋服や靴をするバイヤーの仕事をしている。その彼女が、ある日、工場へ行ったとき、性別も分からず真っ黒になって働く母親が懸命に働く姿を見て涙を流す。そして良心のためにマンションを買うことを決心する。
 この最後の話は、とくに好きだ。社会主義や資本主義など関係なく、労働の尊さがじんわりと伝わってくる。

 見終わって改めて思う。普通なら彼らの証言をもとに、再現映像でも作りそうなものだが、それをせずに、あくまでも淡々とインタビューに答えるだけ。にもかかわらず、観る者の胸を打つ。やはり不思議な映画だ。その謎解きは、改めてしたいと思う。

四川のうた.jpg

長江哀歌

雄大な風景と人間の営みに哀惜。ドキュメンタリータッチの手触りが心地よい

★★★★★

 文句なしの傑作。2006年ベネチア映画祭の金獅子賞受賞作。
 監督のジャン・ジャクーは、「世界」では北京オリンピックの向けて工事が続けられる北京で働く人々を描き、今回は、国家プロジェクト、三狭ダム建設で水没する街・奉節を舞台に描いている。

 三狭ダム建設は、中国では、万里の長城の建設以来の巨大工事と言われている。大きな歴史的うねりの中で、それぞれの事情を抱えながらも、懸命に生きる市井の人々の姿が、けなげで愛おしく美しい。

 別れた妻子に再会するため、山西省から奉節へやってきた炭坑夫、そして同じく山西省から音信不通の夫を探しに奉節にやってきた女性を中心に話が展開する。

 炭坑夫が探す妻子が去った理由も、消息不明の夫が去った理由も、ともに分からない。ただ、ドキュメンタリータッチで淡々と描かれる取り壊しが続く奉節の街と、雄大な揚子江の景観、そしてバックに流れる音楽が何とも印象的な映画だ。

 ちなみに、数人の役者以外は、実際に現地で働く人たちが出演しているらしい。

長江哀歌.jpg

青の稲妻

地方都市の青年達の、鬱屈たる青春を描く

★★★★

 ジャ・ジャンクー監督の作品を観るのは、「世界」に次いで、2作目となる。
 地方都市で暮らす2人の青年と、一人の女性を中心に話は、いつものようにスローテンポで進んでいく。男女2人がデートをしても、黙ったままの時間の長いこと。沈黙の時間の長さは、前進、飛躍、発展できない自分たちの位置、姿を映し出しているようでもある。

 それにしても、泥道にバイクのタイヤを取られて何度もエンジンをかける場面、最後の方でバイクで郊外を走る場面の長さには、ほとほとあきれた。観客への忍耐心への挑戦なのだろうか。あるいは、中国大陸的な時間感覚なのだろうか。

 このように我慢できないほどの長回しのシーンもあるが、全体的には、地方都市の青年達の出口のない鬱屈たる青春を描いて、鮮やかである。

追記
 中国映画で顕著なのは、煙草をよく吸うこと。それと男性は、上半身裸かランニング姿であることが多い。


青の稲妻.jpg

世界

変貌都市で不安を抱えながら働く地方出身たちの素顔を丹念に描

★★★★

 映画「長江哀歌」の評判の高さを知っていたが、その監督が、ジャ・ジャンクーだった。
 「世界」は、北京にあるテーマパーク・世界公園で働く一組の男女の恋愛を中心に話が進んでいく。最後の場面で2人は一酸化炭素中毒で部屋から運び出され、土の上に寝かせられて、救急車(があるのかどうか分からないが)を待つ。女性が呟く、「あたし達、死んだの?」。見る者も、一体、2人は死んだのかどうか、なぜ一酸化炭素中毒になったのか、何も明かされないまま映画は終わる。最初はそれが謎だったが、どうでもいいことだと分かった。

 2人の恋愛は、映画を進めるためのもので、監督が描きたかったのは、主人公を含めて、世界公園で働く人々、さらには、北京オリンピックを間近にひかえた北京の街の建設現などで働く田舎からの出稼ぎ労働者・農民工たちの生活ぶり、その期待や不安を描くことだったのだろう。
 印象的なのは、ロシアからも多数の女性が、出稼ぎに出てきている姿だった。国境を超えて働きに来ているだけに、よけいに悲しげで切ない感じがしたものだ。
 また、一見、元気がよく強気の女主人公・タオが、恋愛や未来に対する不安に揺れはじめる表情も見所かもしれない。

 明らかに小津の系譜に当たる監督で、ホウ・シャオシェン、アキ・カウリスマキなどに連なるものと思われる。

世界.jpg

夏至

変愛憎を抑制しながら美しく緩やかに綴る

★★★★

 監督:トラン・アン・ユン。1962年ベトナム生まれ。12歳のときに、ベトナム戦争のために、両親ともにフランスに移住。メイキングでみると、少年のようにスリムな体と顔をしていた。そういえば、2006年にハワイ沖で魚釣りをしていたときに知り合った夫婦もベトナム出身のアメリカ人医師で、両親がボートピープルとしてアメリカに逃れたといっていた。

 舞台はハノイ。3姉妹を軸に緩やかに話が展開していく。浮気や妊娠といった、本来であればドロドロとしたテーマも、静かに遠くから眺めているように、淡々と進んでいく。アジア人独特の、諦観の美しさなのか。
 次女の夫婦の場合、夫がカメラマンであり、ハロン湾の水上生活者として別の家庭も持っている。夫婦間の溝はかなり深い。夫が妻に別の家庭を持っていることを打ち明けたところで映画は終わる。

 この映画を観て、ベトナムで庭付きの一軒家に住みたい気持ちが沸々と湧いてきた。それほどまでに時間も風景も美しい。本当はたまらないほど蒸し暑いのかも知れないけれど。近く、ホーチミンで、その暑さを実感してこよう。

夏至.jpg

憂鬱な楽園

めずらしくチンピラヤクザを描く。南国風景が目に染みる。

★★★★

 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品を、数年ぶりに観直す。
 ホステスの恋人を結婚するために上海で事業を興したいと思っている兄貴分のガオと、喧嘩早くて面倒ばかり起こす弟分のピィエン、そしてその恋人で、風船のようにフラフラしているマーホア。2人のチンピラヤクザとその女の3人を中心にストーリーが展開する。台北から南の嘉義まで往復するロードムービーでもある。
 当然のように定職についていない彼らは、博打場の仕切をしたり、土地の売買に関わるもうけ話に加わるなどして、しのぎを削っている。
 ヤクザといっても、日本の東映ヤクザ映画のような、血が飛び散るような陰惨なシーンはほとんどない。それどこか、引越し屋の男と刺青自慢をしたり、父親の食堂を手伝うなど、ごく日常的な場面が続き、どこか自堕落でのんきな雰囲気が漂っている。
 緊迫の度合いが高まるのは終盤あたりだけだ。従兄弟の刑事にボコボコにされたピィエンが、復讐のために拳銃がほしいという。ガオは刑事に刃向かっても無駄からやめと諭すが、結局、ガオも力を貸すことに。ところが2人は逆に刑事達に拉致されてしまった。

 3人の明日のない気儘なその日暮らしの様子を淡々と描くだけで、とくにこれといった中心となる話しはない。それでいてなぜか印象に残る。それはどうしようもない3人だが、それでも強い絆で結ばれている点であるかもしれない。また、列車やヤシの繁る台南の熱帯の風景も印象的だ。とくに阿里山をバイクで走るシーンは、心に染みるように美しい。

 肝心なことを忘れていた。いつも惹きつけられる侯孝賢の演出方法だ。
 今回の作品も、まるでドキュメンタリーかと思うほど自然な演技が続く。脚本は大まかな粗筋だけで、あとは現場で即興的に撮影されていく。同じシーンを何度も撮影することはない。そのときは別のシーンとなる。宴会のシーンは、実際に1時間前に酒を飲ませてから撮影したそうだ。議員役の人は、本物である。
 ロングショットの多様など、小津作品に似たところもあるが、小津は即興など一切しない。いずれは書かないといけない侯孝賢論。これも今後の課題だ。

憂鬱な楽園.jpg

フラワーズ・オブ・シャンハイ

清朝末期の高級遊郭の生態を甘美に描く

★★★★

 原作名は「海上花」。清朝末期に生きた男が、上海のイギリス租界にあった高級遊郭を見聞した内容をまとめたものらしい。だから、ほぼ実話だと思っていい。映画の中で、身請けの証書をこしらえる場面がある、このときに、1884年2月6日と出てくるから、アヘン戦争の40年後、日清戦争の10年前である。
 この映画を観るのは2度目であり、前回観たときも凄い映画だと思ったが、今回、改めて感心した。当時の高級遊郭の様子やそこに生きる人間模様を手に取るように知ることができる。

 中国では、遊郭のことを青楼(ピンロー)という。客と遊女の関係は、日本と同じだ。嘘と誠が入り交じった虚実皮膜の世界である。常連客が借金を肩代わりして身請けされ、正妻や妾になったり、あるいは独立して遊郭の女将となる遊女もいる。
 また、青楼には、集まった客同士が遊べる場所がある。そこで馴染みの客達は遊女を侍らせながら一緒に食事をし、酒を飲み、話をする。場を盛り上げるために、ジャンケンをして負けた方が酒を飲む。これは高知の箸ケンと同じだ。
 それにしても中国人はよく煙草をすう。そして阿片を吸う。世話役の女が客の王(トニー・レオン)にいう。「よけいなことを考えずに、阿片でもどうぞ」と。こんな場面が何度も出てくる。

 この映画は、他の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品とは大きく違う点がある。場面をすべて暗転によって繋いでいること、綿密な時代考証による舞台を作っていること、演技も十分計算されていることなどだ。いつものフリージャズのような感覚とは違って、古典的な味わいを楽しむ作品となっている。しかし何を創らせてもうまいものだ。

フラワーズ・オブ・シャンハイ.jpg