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欲望する電線

電線患者の苛立ち

 日本の都市景観を台無しにしているのが電線だ。小学生の頃、街の風景を水彩画で描いていた。見える物を忠実に描こうとした結果、風情のある古い蔵屋敷の風景も、手前にある無数の電線を書き入れたために、無粋な黒い線で無惨な絵になりはてしまったことがある。
 また、成人になってからも電線が邪魔をした。仕事でマンションの外観を撮影するとき、電柱と電線を避けて写真を撮るのは至難の技であり、いつも苦労させられたものだ。

 街を歩いていて、ふと上を見上げれば、青空に無数に縦、横、斜めの線が引かれている。時にはビュッフェのような病的な線もあれば、だらりと手長猿のような曲線もあるが、これらの線を美しいと思ったことは一度もなく、いつも日本の風景を台無しにする邪魔な線としか思えないのだ。
 さらにいえば、ドラえもんも鉄人28号も、ほんとうは飛行の邪魔になる電線の存在を苦々しく思っていたはずであり、アメリカに日本のような電線が張りめぐらされていれば、スパイダーマンもバットマンもスーパーマンもあのような活躍はできなかったはずだ。

 ある大学教授が、テレビで、「満月をカメラで写そうと思っても、いつも電線が邪魔をするのが腹立たしい。いつも電線が気になるぼくは、電線病なんです」と話していた。仲間がいた。同じ電線病患者が‥。日本で統計をとれば、きっと電線病患者はかなりの数になると思うのだが。

街の空をのたうつ黒い龍

電線1.jpgとぐろを巻いた電線が生き物のようだこうした小市民的悩みをあざ笑うかのような風景に、私は出会ったしまった。それは2009年5月にベトナムのホーチミンに出かけたときだった。
 経済成長著しいホーチミンの市内は、歩道も車道も所狭しとばかりに人とバイクで混雑していた。通勤時のバイクの群れは圧巻だ。そして小さな店舗が並び、看板が競い合うように重なり合っていた。そのうえ亜熱帯の湿度の高い熱気とバイクの排煙が混じり合い、ホーチミンは異様な熱気に包まれていた。

 中でも一番唖然としたのが、電線とおぼしき光景を目の当たりにしたときだった。電信柱の間には何十本あるか数え切れないほどの電線が重なりもつれ合っていた。幅は1mもあるのではないだろうか。これは電線の概念を超えて、何か得体の知れない黒い生き物のように思えた。見ようによっては中華圏でよく見られる、黒い龍がとぐろを巻いているようでもある。

 成長を続けるベトナムでは、いま急激に電線が増えているらしい。そういえば、制服を着た人間が電柱に登って電線の取付作業を行っている姿も何度か目にした。しかしここまで線が多くなるのは合点がいかない。技術的な問題なのだろか。わからないまま私は、街の中空に居座るかのように、横たわる黒い固まりを呆然と見つめるだけだった。背景をさえぎる邪魔な線というよりも、すでに面として地位を確立し、しっかりと自己主張している様子であり、日本人をみて、せせら笑っているのだった。

 ベトナム人は、仏教徒が多く、儒教の影響も色濃く残っており、日本人と同じように控えめで、手先が器用である。そんな彼らがいま、外資系企業の進出に伴って急激に欲望を肥大化させている。しかし、この欲望の電線はどこまで肥大するのだろうか。

ベトナムに比べれば可愛いもの!?

 帰国後、日本の風景をみて、不思議なことに、電線の存在があまり気にならなくなった。まだ電線の間から青空がみえるじゃないか。可愛いものだ。ささやかなものだ。私にとって、まさに劇的な心境の変化である。

 ちなみに電線と電柱を地上からなくすには、電線を地中に埋設する方法がある。これを「電線類地中化」という。そして通りから電柱をなくし、家の裏や軒下に配線することで、電線を通りから見えなくする方法もある。これを「無電柱化」という。地中化も含めた無電柱化率の都市比較をみると、パリ、ロンドン、香港は100%、クアラルンプール75%、ニューヨーク72%に対して、東京はなんとわずか7%しかない。地方都市はさらに低くなる。

 「これは政府の無策、行政の怠慢だ。すぐにでも無電柱化を進めればいいではないか」と怒るのは簡単だが、実際に調べてみれば、予想以上に難しい。造成段階から地中化をすればまだ可能だが、現状の電線を地中化するのは、かなり困難な事業であることがわかってきた。

 私はこの段階で、劇的都市改造への夢も、電線への憎しみも捨てた。あるいは今後、電線と電柱も、昭和の風景としてノスタルジー的に捉えられるのではないかという気もしている今日この頃なのである。(2010年3月11日)



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